中東かわら版

№106 イエメン:イエメン軍がサウジ南部に大規模攻勢

 2019年9月28日、アンサール・アッラー(俗称:フーシー派)が掌握するイエメン軍はイエメン北部のサウジとの国境地帯で「アッラーからの勝利」と命名した大規模な攻勢を実施し、敵方に大損害を与えたと発表した。発表によると、イエメン軍は9月25日から攻勢の第一段階として「殉教者アブー・アブドッラー・ハイダル(注:紛争で戦死したイエメン軍の将官と思われる)」作戦を敢行し、弾道ミサイル、無人機、防空部隊、地上部隊を動員し大戦果を上げた。イエメン軍は今般の作戦を紛争勃発以来最大規模と称し、作戦によりサウジ側の兵士500人を殺傷、拠点複数を包囲し士官や兵士数百人を投降させた。また、作戦により 350㎢の領域を解放した。なお、サウジ側からはこの作戦についての発表はない。

地図:2019年9月末の攻撃関連図(筆者作成)
凡例:赤点線(今般のイエメン軍の作戦地域)

 

評価

 イエメン軍は、今般の発表に際し多数の戦果動画・画像を発表した。動画・画像には、奪取した武器、破壊された装甲車両多数、死者、投降する兵士らが映し出されており、「発表が全くの虚偽で、何の軍事行動・戦果もなかった」わけではなさそうではある。一方、今般の発表には投降したサウジ軍の士官や兵士の身分証を提示させるなどする裏付けが含まれていない上、投降者のほとんどは軍服を着用しておらず、彼らはサウジの士官・兵士というよりは、イエメン紛争の際にサウジなどが雇用・徴発したイエメン人の民兵とみられている。イエメン紛争は、いずれの当事者も戦果を過大に、損失を過小に発表する傾向があり、特にサウジが率いる連合軍に参加した諸国の被害の実態も明らかになっていない。これは、サウジ、UAEが財力・資本関係を通じて有力報道機関に強い影響を与えているのに対し、アンサール・アッラーにそのような力がない上、視聴者に自らの発表を事実と認識させるだけの実績を欠いているという、「情報戦」としてのイエメン紛争に著しい不均衡があることに由来していると思われる。イエメン紛争では、既に21世紀最悪とも評される人道被害が生じている。また、紛争の長期化・拡大により国際航路や石油の生産・消費にも悪影響を及ぼしかねない展開を遂げている。このような深刻な事態にもかかわらず、紛争についての情報量が乏しく、紛争そのものが「忘れられた」かのような状態に陥っているのは、上述の通り情報の発信量や信頼性の面で当事者間に著しい不均衡がある結果であろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP