中東かわら版

№84 イスラエル:レバノン、シリア、イラクを空爆

 2019年8月25日、シリアのダマスカス近郊とレバノンのベイルート南部が相次いで航空攻撃を受けた。26日には、レバノン東部のベカーウ高原のPFLP-GCの拠点が3回にわたり爆撃を受けた。シリア軍筋は、ゴラン高原方面からダマスカス郊外にミサイルが飛来したが、防空軍がほとんどを撃墜したと主張した。また、ヒズブッラーはイスラエルの無人機2機が飛来し、1機が墜落、1機が爆発したと発表した。一部には、ヒズブッラーの要人を狙った攻撃だとの報道もある。これらに加え、イラクのアンバール県でもシーア派の民兵集団である人民動員の拠点が正体不明の無人機に爆撃される事件が続いており、人民動員側はイスラエルによる攻撃であり、アメリカがこれを容認していると非難している。 

地図:イスラエルによる航空攻撃略図

 

 攻撃後、ヒズブッラーのナスルッラー書記長は演説で、今後はレバノン領空に侵入したイスラエルの無人機は撃墜すると述べるとともに、ダマスカス郊外への攻撃によりヒズブッラー要員2人が死亡したことの反撃を「レバノン領内で」行うと表明した。また、イランの革命防衛隊は一連の攻撃による革命防衛隊の人的被害を否定している。

 

 

評価

 イスラエルとの力関係に鑑みると、シリア、イラク、革命防衛隊、ヒズブッラー、PFLP-GCがイスラエルに大きな人的被害が生じるような反撃を行う可能性はほぼない。また、これらの主体の防空能力では、航空機、ミサイル、無人機を用いるイスラエルの攻撃を迎撃することに限界がある。このため、今後もイスラエルはロシアやアメリカへの配慮以外にさしたる制約もなく攻撃を続けることができるだろう。

 イスラエルは、シリアやイラク、レバノンでイランの革命防衛隊などが拠点を構築し、対イスラエル攻撃を企てたり、その準備をしたりしていると主張して攻撃を正当化している。イスラエルによる各国領域の侵害と攻撃に対する非難の声は、国際的にも低調である。一方、シリア東部やイラク西部は、「イスラーム国」が勢力を回復しているとも言われている地域であり、これらの地域へのイスラエルによる攻撃が常態化するようならば、それはシリア軍や人民動員とこれらを支援する革命防衛隊に打撃を与え、「イスラーム国」にとって格好の援護射撃となろう。また、イスラエルはシリア軍などと「シャーム解放機構」(シリアにおけるアル=カーイダ。旧称ヌスラ戦線)が交戦している地域に近いハマ県、アレッポ県への攻撃も繰り返しており、こちらもイスラーム過激派を支援する効果を帯びる攻撃である。

 現在、「イスラーム国」、アル=カーイダなどのイスラーム過激派諸派は、イスラエルに対する攻撃もその扇動も全く行っておらず、イスラエルにとってはイスラーム過激派の脅威は優先順位が低いものと思われる。しかし、そのような認識に基づくイスラエルの行動は、シリア東部やイラク西部で「イスラーム国」の勢力を保護・温存する結果につながりかねず、イスラーム過激派対策という観点からは状況を錯乱させる行為と言える。

(主席研究員 髙岡 豊)

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