中東かわら版

№82 トルコ:南東部3都市の市長を解任

  

 トルコ内務省は、南東部のシリア・イラン国境に近いディヤルバクル、マルディン、ヴァンの3市長をテロ組織を支援した疑いがあるとして、8月19日付で職務停止としたことを明らかにした。事実上の解任となり、不在の間の市長職は各県知事が一時的に代行する。

 解任されたのは、アドナン・セルチュク・ムズラクル(ディヤルバクル市長)、アフメト・テュルク(マルディン市長)、ベディア・オズギョクチェ・エルタン(女性、ヴァン市長)の3名で、2019年3月31日の統一地方選で市長に選任された。いずれもクルド系政党の人民の民主主義党(HDP)に属する。

 8月20日、ソイル内相は記者団に対し、「法と民主主義の基本的な役割は、市民が投じた純粋な票をテロリズムに利用させないことであり、我々がテロを容認すると期待する人は間違っている。」と述べ、3市長がクルド独立を掲げ、トルコ政府と敵対するクルディスタン労働者党(PKK)のプロパガンダを拡散させる等、支援していたとした。

 また、与党・公正発展党(AKP)のチェリキ報道官は、『アナトリア通信』に対し、「選出後に自身の得た地位を、テロ組織の利益のために使用することは国家の意志に反している。投票によって選出された人々は、法に従い国民に奉仕するべきだ」と語った。

 政府の同決定に対し、AKP党内からも批判や疑問視する声が上がっている。AKP結党時からの主要メンバーであるギュル元大統領は、「選出されたばかりの市長の解任は民主主義にとって適切ではない。」、ダウトオール元首相は「今回の措置が逆にテロとの戦いを弱める結果となる」、とそれぞれツイートした。

 

  

評価

 

 今般の解任劇の背後には、AKPと協力体制を築いている民族主義者行動党(MHP)の存在がある。MHPは、トルコ民族主義を標榜する極右政党として知られ、共和国におけるクルドの分離独立を認めていない。過去にもトルコからの分離独立を目指すPKKや、その他のクルド勢力と激しく対立してきた経緯がある。

 今回の市長解任は、トルコ政府がPKKと同一組織と認定し、シリア北部で活動するクルド人民防衛隊(YPG)の勢力を削ぐこと、また、3月31日に実施された統一地方選挙で根強い支持を集めるHDPの弱体化を狙うことを目的として、MHPからAKPに対し要請があったものと思われる。AKPも現在、「テロとの戦い」を前面に押し出しており、クルド問題に関して両党の利害は一致している。

 また、AKPは、2018年6月の大統領・議会選のダブル選挙時からMHPとの本格的に協力関係を構築した。MHPのバフチェリ党首は、大統領選で同党からの候補者は擁立せず、エルドアン支持に回っただけでなく、エルドアン政権発足後にMHP議員の入閣要請を行わなかった。さらに、本年3月末の地方選でも、イスタンブル、アンカラ、イズミルの3大都市で市長候補を立てずAKP候補者を支持しており、(3都市全ててAKP候補者が落選となったものの)エルドアン政権はMHPの意向を無視できない状況にある。

 バフチェリ党首率いるMHPは、過去にも政局の中心にいた時期がある。1999年のエジェヴィト政権時に、中道左派、中道右派、極右のMHPという全く異なるイデオロギーを持つ3党連立政権に参画、バフチェリも副首相を務めた。だが、同政権は、2000年に発生した金融危機、汚職の蔓延、連立政党同士のイデオロギーの違い等から閣内不一致が生じ、国民の信頼が低下、2002年の総選挙では惨敗し退陣。MHPも国会内での議席を失った。

 2007年、2011年の総選挙でMHPは、党勢を盛り返し議席を獲得したものの、2015年11月の再選挙で大幅に議席を減らした。同時期から、それまで批判的だったAKPとの協力関係を模索し始め、今日に至っている。このような経緯を見る限り、MHPは、勢いが衰えた政権にすり寄り、内政を混乱させる性格を持っているとも指摘できる。エルドアン政権が、バフチェリとの協力を推進した裏には自身の権力を維持させる狙いがあったとみられる。だが、この「禁じ手」は、今後さらにエルドアン自身の首を絞める可能性がある。

 公平な選挙によって選ばれた市長を十分な根拠も提示しないまま、一方的に解任するという今回の政府の措置は、トルコがこれまで築いてきた民主主義を貶めることにならないだろうか。また、このことが、トルコ国内の反エルドアン派を増やしたのみならず、クルド系住民からの一層の反発を受けることは必至で、国内の分断を強める結果となったと言えるだろう。 

 

(研究員 金子 真夕)

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