中東かわら版

№80 シリア:最近の軍事情勢

 2019年5月以来、政府軍がロシア軍の支援を受けつつハマ県北部・イドリブ県南西部で進撃している。一方、トルコはシリア北部一帯に「安全地帯」の設置を主張している。これを受けて、トルコ軍やその配下の武装勢力と、クルド民族主義勢力との緊張も高まった。

図:2019年8月15日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

 

凡例

オレンジ:クルド勢力

 

青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「宗教擁護者機構」などのイスラーム過激派)

 

黒:「イスラーム国」

 

緑:シリア政府

 

赤:トルコ軍

 

赤点線内:アメリカ軍

 

1.イスラーム過激派を主力とする「反体制派」が占拠する地域は、イドリブ県とその周辺のみとなった。政府軍が「反体制派」の占拠地域を西、南から攻撃しているが、政府軍の兵力不足などもあり進撃のテンポは遅い。現在は政府軍がイドリブ県南西方面で「シャーム解放機構」の防衛線を突破し、ダマスカス・アレッポ街道の要衝であるハーン・シャイフーンを伺う情勢となっている。

2.トルコが「安全地帯」の設置を主張し、同国とアメリカとの間に合同指令室を設けることで合意した。これを受け、トルコが占領しているシリア領内でトルコ軍とその配下の武装勢力と、クルド民族主義勢力との交戦が発生している。

3.アメリカ政府は、2019年3月末にシリア領内における「イスラーム国」の占拠地域を解消したと発表した。これに対し、「イスラーム国」は自派が健在であると主張し、ダイル・ザウル県、ハサカ県、ラッカ県、ホムス県でクルド民族主義勢力やシリア政府軍を度々襲撃している。

 

評価

 イドリブ県周辺での戦闘を担う「反体制派」は、シリアにおけるアル=カーイダである「シャーム解放機構」、「宗教擁護者機構」、及び国際的なイスラーム過激派である「トルキスタン・イスラーム党」が主力である。イスラーム過激派諸派は、2018年9月にロシアとトルコとの間に成立した「停戦合意」を合意成立当初から拒絶している。また、合意で定められた「緊張緩和地帯」からの重火器などの撤去と、アレッポとダマスカス、ラタキアを結ぶ幹線道路の再開は実現していない。以上に鑑みれば、イドリブ県の周辺で戦闘が発生することや、政府軍が同県などを武力で制圧しようとすることは必然的な流れと言える。戦闘に伴う民間人の被害についての情報発信も相次いでいるが、アメリカの政府要人からは本件についてアメリカに期待すべきではないとの見解が出ており、被害を強調して国際的な干渉を惹起しようとする「反体制派」の広報戦術は効果を上げていない。

 「イスラーム国」は、シリア領内における占拠地域がほとんどなくなった後も、組織が存続し健在であると主張し、襲撃を続けている。8月10日ごろからは「消耗攻勢」と称して世界各地での戦果発表を増やしている。また、シリアについても11日にアメリカやクルド民族主義勢力への攻撃続行を唱える動画を発表した。ただし、「イスラーム国」の戦果発表の件数は、全般的にみると最盛期の1割程度に減少している上、戦果もほとんどが局地的な襲撃・爆破・暗殺にとどまっており、被害も戦果の社会的反響も大きくない。「イスラーム国」については、根絶や攻撃を「ゼロにする」ことは困難であろうが、同派の政治的影響力は着実に低下している。「イスラーム国」の広報に過剰反応することなく、「イスラーム国」への資源の供給や同派の影響力を低下させる対策を徹底させることが必要である。

(主席研究員 髙岡 豊)

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