中東かわら版

№70 シリア:困窮するシリア人民

 2019年7月31日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)紙は、シリア人民の困窮が深刻化しているとして、要旨以下の通り報じた。

  •  ダマスカスでは、物価の高騰により人々の多くが貧困ラインを下回る生活を強いられており、政府に対する賃上げ要求の声が上がっている。
  • 公務員の平均的な給与は月額3万~4万シリア・ポンド(SP)、民間部門の職員の平均給与は月額6万SPである。シリア政策研究センターがベイルートのアメリカ大学と協力して行った調査によると、シリア人の93%が貧困状態にあり、うち60%は「ひどい貧困状態」で暮らしている。
  • シリア紛争勃発以来、アサド大統領は4度(2011年、2013年、2015年、2016年)賃金引上げの大統領令を発出した。また、2018年には軍人の給与を引き上げた。しかし、どの場合も月額の賃金引き上げ幅は30%を超えていない。
  • ダマスカス郊外に住む教員は、以下の通り述べた。「月給が倍になっても状況は改善しない。紛争勃発前、上級職員の月給は800ドルだったが、現在は70ドルである。政府に近い調査機関の報告では、5人家族が1カ月に必要とする生活費は30万SP、すなわち500ドルである。そんな状態で月給が140ドルになったとしても、問題は解決しない」。
  • シリア政府は破産状態で、状況を改善することができない。紛争勃発前は200億ドルあった外貨準備高は、現在は7億ドルに過ぎない。また、SPも1ドル50SPから現在は1ドル600SPへと下落した。政府の収入源となるはずの石油生産も、油田の多くが政府の制圧地の外にある。シリア政府筋によると、(現在政府が掌握している)石油生産量は日量1万4000バーレルにすぎない。政府の歳入も中央銀行による立替払いと、同盟国からの支援に依存している。2015年は、政府の支出の少なくとも3分の1が中央銀行からの長期借入で賄われた。

 

評価

 今般の記事中では「貧困ライン」が何を意味するのか明示されていないが、筆者が参加した調査でもシリア人の生活状況はかなり苦しいことが示されている。それによると、国内避難民ではないシリア人のうち月収が200ドルに満たない者の割合は、2016年で88%、2017年で75%に達した。また、いずれの年も9割以上の者が月収が300ドルに達していなかった。国内避難民の場合、2018年の調査では約85%の者が月収200ドル未満であり、避難していない者に比べて明らかに状況が悪い。

 シリア人民の生活水準の改善のためには、社会資本や生産設備の再建が不可欠であるが、欧米諸国はシリアに対する制裁を維持し、復興支援や投資を行わない方針である。ロシアやイランのようなシリアの同盟国についても、復興に必要な負担をする能力がなく、欧米諸国による制裁を破ってまでシリアでの事業に深入りすることもなさそうだ。このため、現在国際機関などによるシリアの社会資本向けの支援は、既存の施設の修理が「復旧」としてごく少数行われているにすぎない。この結果、欧米諸国を含む諸当事者が「支援する、助ける」はずの一般のシリア人民が困窮したまま放置されることになっている。

 シリア人民は、紛争の間戦闘や略奪、逮捕・拷問・追放の被害を受け続ける一方で、彼らの政治的な希望はどの当事者からも一顧だにされてこなかった。現在シリア紛争では、復旧・復興に伴う権益の配分に舞台を移した「紛争の第2ラウンド」が始まっているが、このような状況では、引き続きシリア人民が紛争の推移と復旧・復興の過程から疎外され、負担を強いられるだけとなるだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東分析レポート>(会員限定)

シリアの国内避難民の現状と復興への展望 『中東分析レポート』(2018年7号)

シリア人民は現状をどう認識しているか  『中東分析レポート』(2017年2号)

(主席研究員 髙岡 豊)

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