中東かわら版

№61 シリア:情報機関で人事異動

 2019年7月8日付のレバノンの『ナハール』(キリスト教徒資本)紙は、シリアの親政府筋の話として、同国の情報機関での人事異動につき要旨以下の通り報じた。

  •  アリー・マムルーク国家治安局長(少将)が解職され、安全保障担当の副大統領に任命される。
  • 後任の国家治安局長には、ムハンマド・ディーブ・ザイトゥーン総合治安局長(少将)が任命される(注:『クドゥス・アラビー』(ロンドン発行の汎アラブ紙)によると、後任の総合治安局長にはフサーム・ルーカー政治治安局長(少将)が異動し、政治治安局長にはナーシル・アリー少将が任命された)。
  • 空軍情報局のジャミール・ハサン局長が解任され、後任にガッサーン・イスマーイール少将が任命された。
  • 2019年3月には、軍情報局長がムハンマド・マハッラー少将からキファーフ・ムルヒム(階級不詳)に交替した。
  • 本件については、ロシアとイランとがシリア政府の軍・治安機関幹部の人事を大規模に異動させたとの報道が出ていた。

 

評価

 シリアの情報機関は、「ムハーバラート」と総称され、アサド政権によるシリア人民に対する監視・抑圧の基幹である。ハーフィズ・アサド前大統領時代、「ムハーバラート」とみなされる諸部局の長は、大統領に直結し、形式上諸部局を所掌する閣僚や上部機関よりも強大な影響力をふるったと考えられている。バッシャール・アサド大統領の就任後、「ムハーバラート」諸機関の関係は若干整理され、2012年に制定された新憲法体制下では、国家情報局長が諸機関を取りまとめてきた。ただし、「ムハーバラート」の人事は局長級の人事でも公式には発表されないものであり、諸機関の関係やこれらの機関が現場で行使する権限・職掌・影響力は依然として極めて分かりにくい。

 今般の人事は、シリア政府に与してシリア紛争に介入したロシアやイランの意向を反映したものととの報道があるが、シリア政府、ロシア、イランが紛争後のシリア政府機構と「ムハーバラート」、そしてシリア軍の再建・再編について抱く方針や利害関係は各々異なる。例えば、シリア政府は紛争期間中に現れた親政府民兵や「ムハーバラート」諸機関について、一定の範囲で政府・軍の統制下に編入することを望む半面、政権幹部による恣意的・超法規的な運営の温存を望んでいるとの説がある。これに対し、ロシアは民兵諸派や「ムハーバラート」を政府・軍の統制下に入れ、公的な機構の強化を通じてシリア政府・軍の再建を図っている模様である。一方、イランは自らと直接的な縁故をもつ幹部らを通じ、シリア政府・軍の統制外に民兵などの「親イラン勢力」を植え付けようとしているといわれている。

 今般の人事異動は、シリア、ロシア、イラン、その他の当事者の間で一応の合意があって行われたものであろうが、報道の通りマムルーク少将が副大統領に任命されるならば、「ムハーバラート」を公的な機関を通じて可視的に統制する形式が明確化するといえよう。問題は、「ムハーバラート」の幹部職員ら諸当事者が、制度を尊重して振舞うか否かである。

 一方、今般の報道で名前が挙がった高官らは、ほぼ全員が欧米諸国から制裁対象に指定されている。欧米諸国は軍人や「ムハーバラート」の要員だけでなく、文民閣僚や実業家も次々と制裁対象に追加し続けており、現状ではシリア政府が国際的な「正統性」や「承認」を回復するのは依然として極めて困難である。ただし、欧米諸国と言えども、局地的な停戦から大局的な紛争解決に至るまでの様々な過程において、シリアの軍・「ムハーバラート」との接触を完全に絶つことも困難であり、欧米諸国とシリアとの関係は従来同様、非公式・不透明な環境の中で営まれることとなろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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