中東かわら版

№60 イラン:ウラン濃縮の制限超過を発表

 2019年7月7日、アラーグチー外務事務次官、ラビエイー政府報道官、カマールヴァンディー原子力庁報道官は共同記者会見を開き、イランは、本日よりイラン核合意(JCPOA)で規定されるウランの制限濃縮度3.67%に関して、「自らの必要」に応じて超過させると発表した。カマールヴァンディー報道官は、同会見で濃縮度を5%程度に引き上げる可能性についても言及した。また、イラン以外のJCPOA当事国に対し、新たに60日間の猶予を与えるとして、この期間に合意履行に関する進展が見られなければイランは第3段階に進むと牽制した。

 

 この他、同記者会見で述べられたポイントについて独立系のISNA通信は概要以下の通り報じた。

●7月7日、ザリーフ外相からモゲリーニEU上級代表宛に書簡を発出した。

●今般の措置は、あくまでもJCPOAを維持するためのもので、破棄するためのものではない。

●7月6日夜、ロウハーニー大統領はマクロン仏大統領と電話会談し、問題の解決に向けて前向きな話し合いを持った。

●仮に、欧州諸国が貿易取引支援機関(INSTEX)によってイランの要求に充分応じていたならば、今日の第2段階の制限超過について公表することはなかっただろう。

●今後60日以内に、JCPOA当事国から合意履行に向けた進展が見られなければ第3段階に入ることになる。

評価

 天然ウランに含まれるウラン235(核分裂を起こし大きなエネルギーを放出する)の含有量は、一般的に約0.7%とされており、これを原子力発電用に使用するためには3~5%へ、核兵器に使用するのであれば90%へと濃縮することが必要とされる。仮に、イランが核兵器の保有を目指しているのであれば、より高いウラン濃縮度を提示していたであろう。このため、今回のイランの動きは基本路線の変更といった類のものではなく、外交交渉を進める上での駆け引きの一環と考えられる。

 核交渉が始まる以前、イランは20%の濃縮ウランを保有していたと見られていた。2013年11月にイランとP5+1の間で締結されたジュネーブ共同行動計画(JPOA)には、「現在保有する20%のウランに関し濃縮度を引き下げ・・・(中略)イランは5%以上に濃縮することはしない」といった文言が見られる。こうした経緯を踏まえても、今回の動きは時計の針を少し巻き戻したとは言えても、大幅な変更とは言えないであろう。

 同日、ザリーフ外相からモゲリーニEU上級代表宛に書簡が発出されており、前日にはロウハーニー大統領がマクロン仏大統領と電話会談をしたこと等を総合的に勘案すれば、メッセージを送った相手は、イラン側が合意履行違反をしていると見做す欧州ということになろう。なお、発表前日、『ロイター』を含む複数の通信社は、制限超過後のウラン濃縮度が5%になる、との匿名のイラン政府高官の発言を報じていた。これは、意図的に情報をリークすることで、いたずらに緊張を高めないとのイラン当局による外交的配慮に基づいてなされた可能性もある。

 今後、7月10日に国際原子力機関(IAEA)緊急会合が予定されている。また、先般のマクロン・ロウハーニー電話会談では、7月15日までにJCPOA合同委員会の開催を含めた問題解決の方策を見出すことについて協議された。そもそも、JCPOAの理念には、国際社会がイランの核開発計画を合法的なものとして受け入れる一方で、イランは核開発の大幅な制限を受け入れることで制裁解除の確約を取り付けるという「双方向性」が根底にある。イラン側が不満を募らせるのは、この理念に反して、一方的に不利益を被っていると感じているためであろう。ただ、米国が「最大限の圧力」政策を継続している中、欧州が状況を劇的に改善すると予想することも困難である。今後60日間の猶予が第3段階として示されているが、欧州が「経済戦争」下にあるイランに対して手助けをする姿勢を示し、医薬品や食料等の人道物資に限定されるINSTEXの取扱品目を拡大するなど、部分的にせよイランの厳しい経済状況の改善に資する方策を講じられるかが正念場になる。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「イラン・米国:JCPOAの履行一部停止を表明」『中東かわら版』No.27

・「イラン:低濃縮ウランが規定貯蔵量を超過」『中東かわら版』No.59

<中東トピックス>(会員限定)

・「イラン:JCPOA維持に係る次官級会合の成果と課題」(2019年6月号)

<中東分析レポート>(会員限定)

・「JCPOAのゆくえ」(2018年4号)

*7月19日の中東情勢講演会 松永泰行・東京外国語大学教授「米・イラン対立――その背景、構造、および今後の見通し――」において、最近のイラン情勢についてお話を伺う予定です。

(研究員 青木 健太)

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