中東かわら版

№59 イラン:低濃縮ウランが規定貯蔵量を超過

 2019年7月1日、ザリーフ外相は、低濃縮ウランの貯蔵量がイラン核合意(JCPOA)で規定(合意第7条)される300キロの制限を越えたとISNA通信に対して述べた。同外相は、今回のイランの行動は、これまで既に宣言していたことを実行に移したに過ぎないとも語り、次の段階として、濃縮度をJCPOAで規定される上限3.67%以上へ引き上げることも検討の対象になるだろうと述べた。国際原子力機関(IAEA)は、イランによる低濃縮ウランの規定貯蔵量の超過を事実だと認めた

 米国がJCPOAから単独で離脱してからちょうど1年経った今年5月8日、ロウハーニー大統領は、60日間の猶予を設けた上で、JCPOA当事国がイランへの救済措置に乗り出さないのであれば、JCPOAの履行を一部停止し、認められた量以上の低濃縮ウランを保有すると表明していた(『中東かわら版』No.27)。その後の6月17日、イラン原子力庁は、6月27日までに低濃縮ウランの貯蔵量を300キロ以上にするとの立場を表明していたことから、イランはこの時に表明した約束を数日遅れで実際の行動に移した格好となる。なお、ザリーフ外相は、イランはJCPOAの合意履行違反はしていないと7月2日にツイートし、その根拠として合意第36条を示しつつ、先に米国側が合意履行違反し、E3(仏・独・英)も確約したはずの制裁解除を担保していないため、イラン側は仕方なく保有する権利を履行したとしている。

 今般の、イランの動きに対して、ホワイトハウスは7月1日に声明を発出し、イランがウランを濃縮させることを許した核合意自体がそもそも誤ちであった、合意が成立する以前からイランは違反を続けていたに違いない、イランが核兵器を開発することを決して認めてはならない、等として「最大限の圧力」政策を継続する姿勢を改めて鮮明にした。また、『ロイター』によれば、7月1日、記者団に問われたトランプ大統領は、「イランへのメッセージは何もない」「(イランは)火遊びをしているだけだ」と語った

 また、7月2日、仏・独・英・EUは「深刻な懸念」を共同声明で表明し、イランが合意を遵守するよう強く求めた。

 一方で、リャブコフ・ロシア外務次官は、今回のイラン側の動きは米国のこれまでの動きを踏まえると当然の帰結であると述べ、イランを擁護するような姿勢を示した。

 耿爽(こうそう)中国外交部報道官は、7月2日の定例記者会見において、「イランが取った行動は残念なものである」と述べながらも、「イラン核合意を巡る緊張関係の真因は米国による最大限の圧力にある」として関係国に配慮するような立場を示した。

評価

 先ず、ハーメネイー最高指導者は、核兵器の製造を禁止する旨のファトワーを発出しており、イランは核兵器の保有を追求しないとの立場を何度も示してきている。また、ブレイクアウト・タイム(核兵器1個分の核燃料の製造にかかる期間)は、JCPOAの合意内容に従えば1年以上かかると試算されている。現在のところ、イランが核開発を進める意志も能力も持たないことを考えると、今回のイランの行動が即座に核開発の進展につながる危険性はかなり低い。

 イランの観点からすると、長きに渡る交渉を経て2015年7月に締結されたJCPOAから一方的に離脱したのは米国であり、米国こそが初めに合意履行違反を犯したとの思いが強いと考えられる。合意第26条によれば、「イランは、米国政権による制裁の再発動があった場合、それをJCPOAにおける一部、あるいは、全ての合意事項を一旦停止する根拠として取り扱う」としている。このことから、イランとしては、合意第26条に基づいた正当な権利の行使をしたとの理解に至ると考えられる。

 そうはいっても、各国の反応を見ると、中・露を除く全ての主要関係国は、イランの今回の行動を問題視していることから、全体的にイランに救いの手を差し伸べにくい雰囲気に陥っており、イランの置かれた立場はより厳しくなったと言えるだろう。

 今後の注目点は、イランが一度高く振り上げた拳をどのように下ろすのかである。近くには、7月7日にJCPOA当事国に課された60日間の猶予も迫る。合意第36条及び第37条に規定されるスナップバック(制裁の再発動)手続きがどのように機能するのか、読み解く必要がある。

 なお、合意第36条及び第37条の要旨は以下である(本文はこちら)。

ステップ1.JCPOA当事国のいずれかでも合意履行に懸念がある際には、合同委員会に問題を提起することができる。延長がない限り、合同委員会は15日間で問題の解決を図る。

ステップ2.それでも問題が解決されない場合、JCPOA当事国の閣僚級に申し立てられる。延長がない限り、閣僚は15日間で問題の解決を図る。(閣僚級協議と同時に、申立人、あるいは、申し立てを受けた者は、3名から成る諮問ボードに意見を委ねることができる。諮問ボードは、法的拘束力を持たない意見を15日以内に出さなければならない。)

ステップ3.30日以内に問題が解決されない場合、合同委員会は諮問ボードの意見を5日間検討する。

ステップ4.もしこれでも満足しない場合、当事国は「重大な瑕疵」があるとしてその問題を合意履行の一旦停止の根拠として、国連安保理に通知することができる。

ステップ5.ひとたび問題が国連安保理に通知されると、国連安保理は制裁解除の継続を認めるために30日以内に投票を行わなければならない。

ステップ6.30日以内に決議が採択されない場合、過去の制裁が再発動される。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「イラン・米国:JCPOAの履行一部停止を表明」『中東かわら版』No.27

<中東分析レポート>(会員限定)

・「JCPOAのゆくえ」(2018年4号)

*7月19日の中東情勢講演会 松永泰行・東京外国語大学教授「米・イラン対立――その背景、構造、および今後の見通し――」において、最近のイラン情勢についてお話を伺う予定です。

 

(研究員 青木 健太)

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