中東かわら版

№48 イスラエル・パレスチナ:イスラエルとハマースの停戦

2019年6月18日付の「シャルク・アウサト」紙(サウジ資本)は、最近のイスラエルとハマースの停戦につき要旨以下の通り報じた。

  • ハマースのハージム・カーシム報道官は、域内の仲介者を通じて、ガザ地区に対するイスラエルの封鎖の解除に係る覚書が実行されると発表した。貧困家庭の支援、電気、水、一時雇用、検問所の移動に関する取り決めが実施される。
  • カタルは、ガザ地区からイスラエルへの電力供給を目的に電線の延長工事についてイスラエルと合意した。これに関して、パレスチナのエネルギー・天然資源機構は、カタルがパレスチナ側との調整、承認を経ないままイスラエルと合意し、西岸地区とガザ地区で電力プロジェクトを実施していることは、パレスチナの主権を侵害していると主張した。
  • 今回の覚書では、イスラエルからガザ地区への飲料用水の送水管の設置も含まれる。イスラエルの水道会社と水利局が、ガザ地区に向けて新しいパイプラインを敷いており、最終的にはガザ地区でパレスチナ側の水利局が管理する水道網と連結する。これによって水の供給量が改善される。費用は数百万ドル。
  • 今回のハマースの発表に先立ち、カタルのイマーディー・ガザ地区復興委員会会長が、イスラエルからガザ地区を訪問した。カタルからの支援金1500万ドルがガザ地区にある世界銀行の支店に送金され、同銀行は1世帯につき100ドルずつ配分した。
  • (イスラエル各メディアによれば)イスラエルは、カタルからの送金を認め、国連の管理下で支援金を分配し、一時雇用プロジェクトに充てることを承認した。他方、イスラエル政府は、カタルからの資金をハマースに与え、同派が管理し、国連に流すことを望んでいる。その理由は、ハマースは支援金の受領者の名簿を正確に作成し、イスラエルに渡すことができるが、国連は受領者の数を正確に把握できないこと。
  • カタルのガザ地区訪問の後、国連のムラデノフ中東和平調整官代理、日本の大久保武パレスチナ関係担当大使兼対パレスチナ日本政府代表事務所長及び、自由権規約人権委員会、世界保健機構ガザ地区事務所等の代表者が使節団・随行団と共にガザ地区に入った。

 

評価

 ハマースとイスラエルの停戦に関する報道は、2018年3月末から行われてきた帰還の行進から度々報じられてきたが、軍事攻撃があるたびに停戦の履行は停止されてきた。今回、ハマースとイスラエルの停戦が報じられ、カタルからの支援金がガザ地区に入ったのと同じタイミングで、国連や日本などの使節団がガザ地区に入っていることに鑑みると、ガザ地区の生活状況が改善される可能性もあるだろう。

 ガザ地区住民の生活状況の改善だけに着目すれば、現状、パレスチナを代表しているはずのPA(パレスチナ自治政府)は、カタルによる水道、電線工事を自国の主権侵害だと主張しており、この動きを阻害しているように見える。カタルはこれまでもガザ地区に支援金を送ってきたが、PAは強く反発してこなかった。だが今回、パレスチナ自治領とイスラエル領を結ぶ形で電力線や水道管などのインフラ工事が実施されている。PAが懸念するのは、こうした工事が自派のガザ地区への影響力をさらに低下させることだと言えよう。

 事実、2007年のハマースによるガザ地区の占拠とイスラエルによる同地区の封鎖以降、PAのガザ地区に対する影響力は低下している。このことは特に人やモノの移動に顕著であり、ガザ地区の周辺には外側からイスラエル、PA、ハマースの検問所が設置されているが、PAの検問所は機能していない。今次のカタルによるインフラ工事は、こうしたPAの影響力低下の流れに位置付けられる。だが、この工事によって、ハマースは住民の困窮に対する蜂起を回避でき、またカタルの工事を承認したイスラエル政府も、再選挙を控える中でガザ地区の情勢悪化を受けたガザ地区諸派による攻勢、ガザ地区の大衆による行進、爆弾風船による入植地の火災発生とこれに対する国内世論の政府への不満の高まりといった可能性を低減できるため、両者の利益は一致している。こうした状況下では、PAが何らかの形でカタルの工事を中止させることは難しいだろう。

 確かに、短期的に見れば、カタルのガザ地区への支援により同地区の住民の状況はある程度改善されるかもしれない。特に、夏季の厳しい気候を考慮すれば、電力と水道が普及することは、歓迎されるべきことである。しかし、長期的に見た場合、国際的にパレスチナを代表するPAの承認を得ない形で、ガザ地区で人道支援が実施されることは、現在も続いているファタハとハマースの対立を固定化するだけでなく、パレスチナ国家建設のプロセスを阻害することにもなり得るだろう。

(研究員 西舘 康平)

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