№24 シリア:ロシアとの間のタルトゥース港開発事業
2019年4月25日付『ワタン』(親政府の民間紙)は、シリアとロシアとの間に締結されたタルトゥース港の開発のための合意に関し、ハンムード運輸相が要旨以下の通り述べたと報じた。
- 今般の投資事業は、シリア・ロシア合同委員会での議定書に基づくものである。契約は、SNSの一部で言われているようなタルトゥース港の租借や交換ではない。契約は、公共部門と民間部門との間の契約に関するシリアの法律に則り、タルトゥース港の管理・拡張・運営のための共同投資である。契約を締結したロシア企業は、「シリア・トランス・ガス(CTG)」社である。
- この事業は、タルトゥース港を北方に拡張するほか、港の事業・社会資本を近代化するものであり、事業総額は5億ドルに達する。事業により、現在年間400万トンの取扱量が3800万トンに増加する。49年という事業期間は、以上に鑑み経済的な利益を上げるのに必要な期間である。シリア側の要望に基づき、新たな港は世界的にも最先端で、最新の技術を備えたものとなるだろう。
- 港の改修により、現在は4m~13mの水深が、19mになり、大型のコンテナ船が入港できるようになる。その結果、現在は年間2万個のコンテナを受け入れていたものが、年間200万個のコンテナ受け入れが可能になる。
- 我々は、かつてタルトゥース港をフィリピン企業に運営させていたし、現在ラタキア港のコンテナ・ターミナルはシリア・フランス合弁会社が運営している。世界的にも、戦略的港湾事業の運営を専門の企業に担わせるのは珍しいことではない。
- 今般の事業により、道路・鉄道などあらゆる陸運活動も活性化するだろう。国内市場向けやトランジット向けの物資の輸送で、運輸部門が活力を取り戻すだろう。シリアの沿岸部とイラク、湾岸との連結の完遂、ひいてはシリアを経由するシルクロードの通行という利点もある。また、この事業をロシア、そしてロシアの隣国との貿易に活用することができる。世界各国への柑橘類や果物の輸出、(タルトゥースに)果物の選別や圧搾の施設を設けること、ロシアから中東向けの小麦の配送施設を誘致することなどが見込まれる。
評価
タルトゥース港の開発については、上記の通り港湾の租借とみなし、シリアを半ばロシアの植民地にするかのような契約であるとの非難がある。今般の記事は、こうした非難に反論し、事業の論理性・利点を強調する政府の広報としての側面がある。一方、シリアとロシアとの経済関係を見ると、ロシアがシリア紛争を通じて提供した多大な支援の対価となるような経済的権益を獲得しようとする場合、海上の油田・ガス田開発や港湾の利用の他にさしたる権益がないというシリア側の窮状もうかがい知ることができる。さらに、同じくシリア沿岸部の主要港湾であるラタキア港については、イランが港の一部を2019年~2065年まで借り受ける契約が締結された模様であり、タルトゥース港の開発事業はシリアにおけるイランとロシアとの権益獲得競争の一環としての性質をも帯びている。また、ハンムード運輸相の発言にもある通り、シリア側が中国による一帯一路事業を意識していることも明らかである。ちなみに、中国はレバノンのトリポリ港に拠点を築きつつある。
ロシア、イラン、中国のような、資力や技術力、そしてシリア国内での信頼感や名声に劣る諸国に対し、シリアにとって不利な条件で開発事業の権益を認めることは、長期的には禍根を残すこととなろう。一方、紛争により製造業や石油・ガス部門で壊滅的な打撃を受けたシリアが、交通の要衝に位置する自国の立地を活かした運輸・港湾部門の復興・開発を通じた経済開発を図ることが、有力な手段であることも確かである。国内の交通網を再建し、それを隣国と連結させて経済を活性化させることは、ダマスカスやアレッポのような都市部の政治・経済的影響力を高め、シリア政府への求心力を回復させる上でも役立つだろう。そうした中、シリアの復興事業への欧米諸国からの出資は全く期待できない状況にある。タルトゥース港の開発事業は、シリア紛争の帰趨や紛争後の政治・経済的復旧・復興などの様々な課題の縮図のようにも見える。
(主席研究員 髙岡 豊)
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