中東かわら版

№20 エジプト:議会で憲法改正案が可決、国民投票へ

 4月16日、代議院は憲法改正案を賛成531、反対22、棄権1で可決した。憲法改正の呼びかけは親大統領派議員(議会内多数派)によってシーシー2期目が始まった頃から行われていた。議会の一般委員会がまとめあげた改正案は(『中東かわら版』2018年, No.105)、2019年2月に議会で原則可決され、3月20日から国会(代議院)議員、国家機関(軍、内務省、会計検査院、行政監査院)、宗教機関、司法機関、人権団体、中央銀行、憲法専門家、学生、メディア代表者による「国民対話」が数回行われ、3月28日に終了した。その後、議会での最終審議が4月9日から17日まで行われ、改正案の可決に至った。憲法改正案の国民的議論は1カ月未満で終了したことになる。

 17日に国家選挙機構(選管)が発表した憲法改正案の承認に係る国民投票の日程は以下のとおり。

  • 4月20~22日 エジプト国内での投票
  • 4月19~21日 在外投票

【憲法改正案の要旨】※太字は修正部分または重要とされる部分

大統領

第140条:大統領の任期は6年(現在は4年)、連続2期まで。任期中は特定の政党の職に就いてはならない。

第241条:現在の大統領(シーシー)の任期は2018年に選出された日から6年後まで。その後、再選可能

副大統領

第150条:大統領は1人以上の副大統領を任命し、職務を規定できる。副大統領に大統領任務の一部を執り行わせること、副大統領の解任、副大統領からの辞任を受理することができる。

第160条:一時的な問題によって大統領が職務を遂行できないとき、副大統領が、また副大統領不在のときは首相がその職務を代行する(現在は「首相が代行」)。大統領代行者または暫定大統領は憲法改正、議会解散、内閣の解散、大統領選挙への立候補ができない

代議院(下院)

第102条:代議院定数は450名(現在は596名)。選挙制度は小選挙区制か比例代表制、またはその混合型とする。議員の5%以下を大統領が任命する。全議席の少なくとも25%(112議席)を女性枠とする(新規定)

上院の(再)設置

第248条:上院の役割=民主主義の基礎、社会平和の促進、社会の基本構成要素、社会の最高の価値、人権と自由、公的な義務、民主主義体制の深化と促進

第249条:上院の機能=憲法改正案、社会経済開発の全般的計画、平和・同盟など主権に係る条約、大統領または代議院議長が上院に送付した憲法補足法案、大統領が上院に送付した外交政策に意見を言う

第250条:定数は少なくとも180名任期は5年議員の3分の2は選挙で選出し、3分の1は大統領が任命する

第251条:議員は35歳以上、大卒以上。

第253条:首相、副首相、大臣、その他政府役人は、上院に説明責任を負わない。

司法府

第185条:各々の司法機関は組織運営をする権利があり、独立した予算を有し、司法機関に関する法案に意見を提供する大統領は各司法機関の長を任命する。長の任期は4年。

大統領を議長とする司法機関最高評議会を設置する(新設)委員は最高憲法裁判所長官、諸司法機関の長、カイロ控訴裁判所長官、検事総長。評議会は、司法機関の人事決定、司法機関に関する法案の意見提出などを行う。

第189条:大統領は最高司法評議会が推薦する3名から検事総長を任命する(現在は、最高司法評議会が選んだ人物を大統領令で正式任命する)

第193条:大統領は最高憲法裁判所総会の意見を聞いた後、年長の副長官5名から最高憲法裁長官を任命する。副長官も任命する(現在は、最高憲法裁総会が選んだ人物を大統領令で正式任命する)

第200条:軍は人民の軍である。任務は国の防衛、国の安全と領土の平和の保持、憲法と民主主義の保全、国家の基本原則および国家の市民性の維持、人民が獲得してきたものや個人の権利・自由の擁護、領土の一体性の確保である。

第204条:民間人の軍事裁判所への起訴は、軍事施設、軍事訓練所、軍が守る施設、軍管理地域、特定の国境地域、軍装備品、軍用車、武器弾薬、軍の資料、軍事機密、軍の資金、軍需工場を(削除「直接的に」)攻撃した場合、任務中の軍将校および軍関係者を勧誘したり直接攻撃した場合に限られる。

国防相の任命

第234条:軍最高評議会の承認の後、任命する。(削除「本規定は大統領任期の2期間のみ適用される」)

(出所)国家情報サービス(SIS)「憲法改正2019」より作成。

 

評価

 改正案の議論は極めて短期間に行われ、国民投票に持ち込まれることになった。もっとも、国会議員の圧倒的多数が大統領支持派であることや、大統領を支持する者しか「国民対話」に参加できないことを踏まえると、議論が短期間で終わったことは当然である。

 改正案の重要なポイントは、大統領任期の延長、大統領による国家機関に対する統制の強化、軍の政治的役割の拡大である。大統領任期は6年に延長され、改正第241条によるとシーシー大統領は最大2030年まで大統領に居続けることができる。なお、2012年憲法(ムスリム同胞団政権時代)で廃止された副大統領ポストが復活したことになるが、改正第150条に「副大統領を任命することができる」と書かれてあるように、任命は大統領の自由裁量に任される。

 また、大統領による司法機関の長の決定権が強化された。この背景には、国民の大きな反感を買ったティーラーン・サナーフィール島合意に関して裁判所が合意無効の判決を下し、シーシー大統領を苛立たせたことや、ムスリム同胞団幹部の裁判が長期化していることが関係していると思われる。シーシー政権発足後、司法府は大統領への従属度を強めているが、それでも上述のようにシーシー政権の正統性に対して挑戦するような司法判断を下せるほどの独立性は維持している。この独立性を縮小し、司法府という国家機関内部からの大統領への挑戦をなくそうとする試みであろう。

 そして、軍の役割が、国土防衛という軍事的なものから現体制の保護という政治的役割にまで拡大されている。憲法改正後は、民主主義、国家の市民性(非宗教的という意味)、人権・自由の保護という名目で、軍のムスリム同胞団やイスラーム過激派に対する行動は憲法上でも正当化されるだろう。軍事裁判所への民間人の起訴条件から「直接的」の単語が削除されたことも(第204条)、軍の反対勢力に対する広範な弾圧を正当化するだろう。また、国防相の任命権が引き続き軍最高評議会に与えられていることからは、軍に政治的役割を手放す意思がないことが読み取れる。

 政治に反対を唱えられない現在のエジプトの政治的環境に鑑みると、国民投票で憲法改正案が承認されることはほぼ確定している。ただし、シーシー政権発足後、国民の多くは政治参加の意味を見失っており、投票率は低くなると予想される。国民の政治参加が極端に抑えられた状況で、ますます軍と大統領の権限が強化された政治体制が形成されるだろう。

(研究員 金谷 美紗)

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