中東かわら版

№13 トルコ:エルドアン大統領のモスクワ訪問

 4月8日、エルドアン大統領はモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談した。この会談では、二国間の経済関係強化のほか、シリア情勢等について話し合われた。両首脳が会談を行うのは2019年に入ってから3度目となる。

 国営「アナトリア通信」によると、同会談では、トルコがロシアから輸入するガス価格、課税対象品目、原発をはじめとするエネルギー分野での協力等、経済分野拡大に向けた話し合いが行われたほか、トルコが導入予定のロシア製ミサイル防衛システムS-400や、米軍のシリア撤退、イドリブ問題等の地域情勢についても意見交換がなされた。

 会談終了後に行われた共同記者会見での両首脳の発言概要は以下のとおり。

 

【エルドアン大統領】

①  トルコは、トルコの安全保障およびシリアの領土保全を脅かす動きを黙って見ていない。イドリブはトルコにとって非常に「Sensitive」な問題であり、常に対策を行っている。また、ロシアとの合意に基づき、トルコの安全保障上の脅威であるテロリストをシリアから放逐する決意ができている。シリアの人々が安全に帰還するためには、イドリブから完全にテロリストを排除しなければならない。そのためにこれまでもロシアと協力してきたが、今後もそれを継続する。この問題に関して後退は不可能である。

②  中東地域全体に関する意見交換を行い、米軍のシリア撤退についても検討した。イドリブをはじめ、シリア国内問題の進捗に関して話し合った。今後、共同監視センターの設立など、ロシアと共同で作戦を実行する可能性がある取り組みについても協議した。

③  ロシアはトルコにとり3番目に重要な貿易相手国である。特に、エネルギー分野におけるトルコ・ロシアの協力は、二国間の経済関係を支える柱の1つである。

④  (S-400をロシアから購入する件について)トルコは主権が国民に属する国である。独立した国民主権国家が第三者に干渉されることはあり得ない。それは国民国家ではない。トルコはこれまで、S-400導入についてのロードマップを策定したうえで行動し、契約は完了している。自分たちが決めた方針に従い進んでいくのみで、トルコが(S-400の導入を)諦めるということを誰も望むことはできない。

 

【プーチン大統領】

①  二国間の貿易額は約16%増加し250億ドル超、相互投資額は200億ドルに近づいている。

②  経済分野では、ガス価格や課税対象品目をめぐって両国の交渉は難航したが、相互の利益が何であるか、また、そのために何をすべきか理解している。特にエネルギー分野においては、二国間関係は戦略的に動いている。

③  ロシア南部からトルコ北西部まで黒海海底を930キロのパイプラインで結ぶ、トルコストリームの建設は予定通り進行しており、2019年末までには、ロシアからのガスがトルコに供給されると同時に欧州へも届けられるだろう。

④  ロシアは、トルコ共和国建国100周年にあたる2023年までに現在建設中のアックユ原子力発電所を完成させることを約束した。

⑤  ロシア製のミサイル防衛システムS-400の契約は、両国間の協力における最優先事項である。さらに今後、ハイテク軍事装備品の共同開発並びに共同生産を開始する可能性がある。

⑥  シリア情勢に関しては、ロシア、トルコ、イラン間で危機の解決を目的としたアスタナ会合を継続する。今のシリアが置かれている状況を安定させることに重点を置き、国連決議2254に沿って政治的解決を促すことが重要である。それと同時にシリアの主権、独立性及びシリア領土の完全性を維持することが不可欠である。ロシアは、シリアの領土分割は受け入れられない。イドリブの問題は深刻だ。非武装地帯を設けるというソチ合意は達成できていないが、全てのテロリストを撲滅し和平プロセスを進展させるため、共同監視センターの設立に向けた動きを加速させる。さらにシリア国内の基本的なインフラ(水、電気、住宅、病院、学校等)を復旧させることも重要だ。

 

評価

 今般の首脳会談は、トルコ・ロシアの蜜月関係を欧米諸国に見せつける狙いがあったとみられる。共同記者会見で両首脳ともに言及したS-400は、トルコが北大西洋条約機構(NATO)加盟国の一員であることから、早い段階で、NATO側の軍事機密がロシアに漏洩することを警戒する米国やEUがトルコに取りやめを強く迫ってきた。だが、トルコはこれに反発しており、米国・EUとの関係を悪化させる大きな要因の一つとなっている。

 トルコがS-400の導入にこだわる最大の理由はシリア問題にある。シリア北部のイドリブ県は反政府勢力の主要拠点となっている。「イスラーム国」が壊滅し、シリア紛争も収束に向かいつつある中で、アサド政権の懸念材料はシリア北部の反政府勢力である。他方、トルコにとり脅威なのは、長年にわたり武力衝突を繰り返してきた、クルド系武装組織のクルディスタン労働者党(PKK)および、その兄弟組織(トルコ政府は同一組織と主張)の、クルド民主統一党(PYD)/クルド人民防衛隊(YPG)が勢いづくことである。しかしながら米国は、「イスラーム国」掃討の名目で、これまでYPGに対し武器供与を含めた軍事支援を実施し、トルコを苛立たせている。

 2018年9月、トルコとロシアは、イドリブ周辺に非武装地帯を設置することで合意した。ロシアがアサド政権を抑える代わりに、トルコは反政府勢力を非武装地帯から撤退させる役割を担っているものの、作戦はうまくいっていない。だが、イドリブが崩壊すればトルコ国内へさらなる難民が押し寄せるだけでなく、イスラーム過激派がトルコ国内に流入する可能性がある。

 このような状況にあるトルコは、アサド政権に影響力を持つロシアとの関係を強化せざるを得ない。S-400に関しては、2016年8月に断交状態であったロシアとの関係改善を図る見返りにロシア側から導入を迫られたとの見方もある。

 米国はS-400導入を強行するトルコに対しF35戦闘機の引き渡し凍結を決議、さらに経済制裁発動を検討している。2018年8月に続き、再度、制裁となればトルコリラの下落は必至で、トルコ経済はさらなる苦境に立たされることになろう。3月31日に実施された統一地方選で国民から厳しい評価を突き付けられたエルドアン大統領だが、一方で、トルコ国民が強いリーダーを求めていることに変わりはない。米国の圧力に屈したとなれば、さらなる支持率低下も考えられる。エルドアン大統領はロシアにより接近する可能性を示唆しているが、米国・EUにとっては看過できない事態である。現時点で双方の妥協点を見出すのは困難だが、水面下でのギリギリの交渉が続くだろう。

 

(研究員 金子 真夕)

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