中東かわら版

№7 アルジェリア:ブーテフリカ大統領の辞任

 ブーテフリカ大統領の辞任と現体制の追放を求める抗議デモが全国諸都市で続くなか、4月2日、大統領府はブーテフリカ大統領が憲法評議会に辞任を伝えたと発表した。これにともない、憲法評議会は憲法第102条にもとづき、大統領不在を確定した。今後、議会において大統領不在を宣言する採決が行われる見通しである。

 ブーテフリカ大統領が辞任を発表した直接の要因は、3月26日に、ガーイド・サーリフ副国防相兼参謀総長が、現在の政治的危機を解決するためには憲法第102条の適用が必要であると述べ、暗にブーテフリカ大統領に対して辞任を要求したことであった。2月にブーテフリカ大統領の5期目に反対するデモが始まって以来、政府は大統領選挙の延期、ブーテフリカ自身の次期選挙不出馬、新体制構築に向けた国民会議の開催などの改革案を打ち出したが、人々の抗議運動は収まらなかった。こうした現状を見て、アルジェリア政治の真の権力者である軍が、ブーテフリカを退けることで不安定化した政治・社会を鎮静化しようと試みたと考えられる。

 ガーイド・サーリフ副国防相兼参謀総長は、現在の危機の解決のために、第102条に加えて第7・8条(国民主権)の適用を主張し、国民が政治的決定に参加する移行過程を設けることを提案した。これについて、大統領支持派の政党、野党の一部、退役将校らによる各種ムジャーヒドゥーン団体、労組などが賛成を表明した。

 他方、移行過程の開始と同時に、ブーテフリカの側近が逮捕され始めている。複数のメディアが、ブーテフリカ大統領の弟のサイード氏が自宅軟禁されたと報道しており、また、アリー・ハッダード経営者フォーラム(FCE;経済団体)前会長がチュニジア国境近くで逮捕された。

[参考]アルジェリア憲法(2016年)第7、8、102条
  要旨
 第7条 ・人民はあらゆる権力の源である。主権は人民が所有する。
 第8条 ・制度創設の権力は人民が所有する。
・人民はその主権を、人民が選出した憲法諸機関を通じて行使する。
・人民はその主権を、投票や代議員を通じて行使する。
・共和国大統領は人民の意思に訴えることができる。
 第102条 ・大統領が重大な病気によって職務履行不能のとき、憲法評議会が開催されなければならない。この件があらゆる方法で真実と確認された後、議会にそれを伝える。
・両院会合は、議員3分の2以上の票で大統領の職務履行不能を宣言し、45日間に限り、国家元首職を国民議会議長に託す。大統領の職務履行不能が45日以上続いた場合、大統領の辞任と共に大統領不在が宣言される。
・大統領が辞任または死亡した場合、憲法評議会は最終的な大統領の不在を確定する。
・国民議会議長は最大90日間、国家元首職を遂行する。その間に大統領選挙を実施する。国民議会議長はこの選挙に立候補できない。
・大統領の辞任ないし死亡と国民議会議長の不在が同時の場合は、憲法評議会を開催し、大統領と国民議会議長の不在を確定した後、憲法評議会議長が国家元首職を遂行する。

 

評価

 議会に議席をもつ与野党のほとんどがガーイド・サーリフ副国防相兼参謀総長の提案に賛成しているため、議会による大統領不在宣言は滞りなく行われると思われる。その結果、アブドゥルカーディル・ベンサーリフ国民議会(上院)議長が国家元首職を暫定的に引継ぎ、形式上は今後の移行過程における政治的なトップとなる。

 しかし、実際には軍主導の移行過程が始まるとみられる。ガーイド・サーリフ副国防相兼参謀総長は、憲法第7・8条を持ち出して、国民が中心の移行過程や新体制の形成を示唆したが、独立以来のアルジェリア政治・経済体制を構築してきた中心的主体である軍が、移行過程の主導権(国民対話の参加者選定、次期大統領選挙の候補者選定など)を手放すとは考えられない。軍は独立以来、炭化水素産業をはじめとする国営企業の権益やハイレベルな政治決定への影響力といった権力を享受し、1990年代以降はイスラーム過激派との戦いで治安の安定化に貢献してきた。軍は自らをアルジェリア国家を作り上げてきた主体であり、国を様々な脅威から守る守護者であると認識しており、民衆抗議によって大統領が辞任に追い込まれた政治的に不安定な状況下で、容易に政治の実権を手放すことはないだろう。与野党、労組、退役将校団体がガーイド・サーリフの提案を支持していることも、軍主導の移行過程を後押しする要因となっている。野党の一部までもが軍の政治介入を支持する背景には、イスラーム過激派の活動がいまだ確認されるアルジェリアにおいて、こうした治安上の脅威に対処しつつ、現在の政情不安を平定できる主体は軍以外に存在しないとの認識があると考えられる。

 では、イスラーム過激派が現在の政情不安を利用し、また抗議運動に参加している人々(多くは若者)の不満を利用してアルジェリア国内で破壊活動を活発化するかというと、その可能性は低いだろう。アルジェリア国内や周辺地域で活動するイスラーム的マグリブのアル=カーイダおよびその関連組織が展開する主張は、現体制の指導者はムスリムを抑圧する「背教者」であり、ムスリムが抑圧状態から解放されるためには暴力的なジハードによる「イスラーム国家」(カリフ制)の樹立であるという内容であるが、彼らは「アラブの春」以前から現在まで同じ主張を繰り返している。この主張が失敗したことはシリア、リビア、イエメン、エジプトで既に証明されており、その結果、多くのアラブ諸国でイスラーム主義運動への支持が低下している。アルジェリア社会においても、もはやこうしたイスラーム過激派の主張は支持されていない。

 今後の移行過程において注目されることは、憲法で規定された大統領資格のなかから、独立戦争への直接・間接関与が削除されるかという点である。第87条には、「1942年7月以前に生まれた立候補者は、1954年11月1日革命に参加したことを証明する」、「1942年7月以降に生まれた立候補者は、自らの両親が1954年11月1日革命に敵対行為をしなかったことを証明する」という項目があり、独立戦争(革命)への関与が大統領立候補の資格と結びつけられている。これが軍に政治的な正統性を与えてきた憲法上の源泉であり、軍が政治に関与しつづけられるための制度となっていた。しかし独立戦争に関与した人物の老齢化は進み、この条項を排除しない限り新たな政治指導者を生み出すことはできない。同条項の削除・改正は軍の既得権益の放棄ないし減少にもつながりうるため、移行過程でこの問題が議題に上がるか注目される。

(研究員 金谷 美紗)

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