中東かわら版

№81 イスラエル・パレスチナ:停戦案の草案

 

 11月3日付のレバノンの『アフバール』紙(親シリア政府系)は、ハマースとイスラエルの停戦の最終的な草案として以下の通り報じた。

  •  パレスチナ人にガザ地区とイスラエルの境界地域での(抗議行動の)抑制を求め、これに違反した者を罰する。ガザとイスラエル間の海上フェンスに船団が突入する抗議活動を停止する。
  • 帰還の行進で用いる手段を刷新して今年の末まで行進を行う。
  • エジプトは、帰還の行進が完全に停止するまでに、ガザ地区に対する封鎖の70%の解除に取り組む。
  • ガザ地区の人々による漁業を海岸から14マイルまで許可する。
  • パレスチナ自治政府とガザ地区の政府職員の給与問題を解決する。すでにパレスチナ自治政府は、ガザ地区の政府職員の先月の給与の80%を支払うことを約束した。またパレスチナ自治政府は、カタルがここ6カ月のガザ地区の政府職員の給与を支払うことに反対していない。
  • 上記の給与問題が解決された後、イスラエルが40歳以下のガザ地区の労働者5000人に対し被占領地パレスチナに入り就労する許可を発行する。
  • エジプトは、イスラエルとハマースの捕虜の問題の進展に取り組み、国連とロシアが後援する国際的な監視の下で最低3年の停戦が締結されるように努める。
  • ラファ検問所、イスラエルとの商業用の検問所は常に開放される。目的はガザ地区の発電、インフラ整備、ガザ地区の大学卒業生30000人への雇用創出など。

 

評価

 3月末から行われている帰還の行進の諸活動(ガザ地区・イスラエルの境界付近での行進、海上フェンスへの船団の突撃、爆弾風船などの投擲)の停止と、ガザ地区に対するイスラエルの封鎖の解除を主題とする「停戦」の内容は、ほぼ報道に出てこないため、当事者の間でどのような議論がされているかを考察する上で、今般の草案は注目に値するだろう。だが、イスラエルとの停戦を誰が主導するかをめぐりハマースとパレスチナ自治政府のファタハが対立している。ファタハはハマースとイスラエルが停戦を交わすのではなく、自派とハマースが和解した後に形成される統一政府が、イスラエルとの停戦を主導すると主張している。だが、ファタハが提示する和解案のうちガザ地区の諸勢力の非武装化などをハマースは受け入れていない。従って、今般の記事はかなりハマースに与する内容であることは留意すべきだろう。

 さらに言えば、今般の草案に関する報道をハマースによるイスラエルとの停戦の宣伝に資する行為とみなすこともできる。この草案がハマース、あるいは同派に近しい主体の意向が強く反映されていることを示す箇所は、5000人の就労許可の箇所で使われる被占領地パレスチナという表現であろう。この表現は、イスラエル国家を承認しないというハマースの言辞でしばしば用いられており、現在のヨルダン川西岸地区とガザ地区に加え、1948年までにイスラエルが占領した土地(=イスラエルそのもの)や1967年の第3次中東戦争でイスラエルが強制的に併合したゴラン高原等を指す場合がある。

 とはいえ、今般の報道がいくらかの事実を含んでいるとすれば、全当事者の合意がないにしても、国連やエジプトを仲介に当事者(イスラエル、ファタハ、ハマース)の間でかなり具体的な議論が交わされていること、停戦におけるエジプトの役割が大きいことが分かる。また帰還の行進の停止がガザ地区の封鎖の解除、就労の機会、政府職員の給与の問題、移動の自由と関連しており、停戦の内容がガザ地区の住民の生活に直結していることも分かる。

(研究員 西舘 康平)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP