№116 イスラエル:リクード党と「青と白」連合の選挙戦の様相
イスラエルの議会選挙が4月9日に予定される中、各党が活発に選挙戦を展開している。主な対立軸は、ネタニヤフ首相のリクード党と「青と白」連合(ガンツ党首の回復党とイェシュ・アティッドのラピド党首の連合、2月21日結成)である。各々がどれだけ議席を確保できるか、また選挙後の連立を見据えて小規模政党から連立を組む言質をどれだけ得たかを宣伝し、議席の獲得に弾みをつけられるかが現在の焦点となっている。今般の選挙に参加する主要政党の選挙キャンペーンでの主張は以下の通り(政党は右派、左派、宗教政党に分割)。
党名 |
主な主張 |
リクード党(右派) |
*パレスチナ関係:ガザ地区への強硬策。西岸地区の入植地を維持。*外交:イランへの強硬な政策実施、米国、ロシアとの関係維持・強化。*移民対策:エジプトとの国境沿いでフェンス設置。*経済:減税政策の維持と自由市場経済の追求。社会:マリファナの合法化。 |
ニュー・ライト(極右) |
*パレスチナ関係:パレスチナ国家承認反対。ハマース幹部暗殺の再開、同派の撲滅。*司法による治安問題への関与(軍のハマースへの爆撃命令の差し止め等)が合法化されていると非難。*法務相、国防相のポストを要求。 |
右派政党連合[(ユダヤの家(右派、超正統派)、国家統一党(極右、宗教政党)、強いイスラエル(極右、人種差別)] |
*「青と白」との連立を拒否。*パレスチナ関係:西岸地区の併合。*ユダヤの家と国家統一党は、在米ユダヤ人、国内の宗教シオニストからの批判等を受けて、強いイスラエルとは選挙キャンペーンを別個で実施している。 |
強いイスラエル(極右、人種差別) |
*リクード党と連立する方針。同党に次期政権の閣僚ポストと議会の委員会委員長への任命を要求(指定は無し)。 |
イスラエル・ベイテヌ(右派) |
*パレスチナ関係:ハマースとの戦いが最優先事項。リクード党が実施したハマースとの停戦、ハマースとの囚人の交換、カタルによるガザ地区への支援金の搬入等を批判。*宗教:超正統派を優遇しない(嘆きの壁で男女混合の礼拝所設置に賛成、安息日の商店閉鎖に反対)。*移民:ユダヤ人のイスラエルへの移住促進。*国防相のポストを要求。 |
ゼフート (右派リバタリアニズム) |
*パレスチナ関係:西岸地区での入植地の新規建設を促進する。アクサー・モスクからワクフ管理局を追放する。教育相のポストを要求。*社会:マリファナを合法化する。リクード党と連携する。 |
ヤシャド(右派、超正統派) |
強いイスラエルを含む右派政党連合との連携を拒否。 |
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青と白連合(左派、回復党とイェシュ・アティッドの連合) |
*パレスチナ関係:統一エルサレムはイスラエルの首都。西岸地区の入植地から一部撤退。占領地のパレスチナ人を「分離」する。*外交:アラブ諸国との関係構築。*ゴラン高原はイスラエルと不可分。*社会面:安息日の公共交通機関の稼働と土曜日の商業を禁じる小売店法を無効にする。*同性のシビル・ユニオン、同性パートナーの代理母出産の許可を制度化する。*ドルーズ派との連携(国民国家法の改正(詳細は中東かわら版2018,No.40)) |
労働党(中道左派) |
*パレスチナ関係:パレスチナ・穏健なアラブ諸国との包括的な交渉を行う。 |
メレツ(左派) |
*パレスチナ関係:パレスチナとの交渉の再開。*社会:教育事情の改善。汚職の取り締まり、入植地での違法行為に対する司法措置の強化。社会厚生・市民の平等。*教育相のポストを要求。 |
ゲシェル国民社会運動(中道左派) |
*社会における健康管理の促進。病院への支援。 |
統一アラブリスト・バラド連合(左派、アラブ) |
*社会:国民国家法に反対。アラブ系イスラエル人の地位向上、権利保障。 |
ハダシュ・タール (アラブ・イスラエル混合、左派) |
*社会:イスラエル・アラブ人との共存。右派、左派との共闘を否定。 |
クラヌ(左派) |
*社会:女性の権利向上。 |
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シャス(超正統派) |
*社会:超正統派、宗教家、世俗市民間の平等の達成。公共機関料金の値下げ。*宗教:安息日の公共機関の休業といったユダヤ的規範の維持。*内相のポストを要求。 |
ユダヤ・トーラ連合(超正統派) |
*宗教:超正統派の保護(兵役免除など)。超正統派を法的に制限せず優遇することを条件にリクード党との連立を表明。 |
評価
リクード党は、これまで連立を組んでこなかった「強いイスラエル」や「ユダヤの家」などの右派・極右政党との連立を発表している。右派のイスラエル・ベイテヌやニューライトは、リクード党との連立を公表していないものの、上記の表のように自党の主張の実現に加え、連立協議を意識した閣僚人事の確約をリクード党に要求しつつ、リクード党との連立を示唆している。また小規模政党も自党の要求をリクード党に主張しており、「青と白」と差をつけるためとはいえ、リクード党がこれら政党の要求を受け入れざるを得ない状況が伺える。
リクード党と「青と白」の競争については、「青と白」による他党との連携に不安定さが見られており、リクード党が有利な状況が生まれつつあると考えられる。「青と白」は、エルサレムの首都問題などをめぐって左派政党、特にアラブ系イスラエル人の議員が所属する政党から支持を得られていない。また宗教政党とは安息日の公共機関の操業・休業をめぐって立場が異なり、同じく支持を得られていない。
さらに、「青と白」はパレスチナ関係でも効果的なキャンペーンを展開できていない。3月14日にガザ地区からテルアビブに飛来したロケット2発をめぐる事件(中東かわら版2018,No.114)、3月17日に西岸で発生したパレスチナ人によるラビ刺殺事件において、「青と白」はパレスチナ人の暴力にどう対応するか明確な姿勢を打ち出せていない。リクード党はハマースに強硬な態度を誇示することで、有権者にアピールできたが、「青と白」は、ネタニヤフ首相がラビ殺害事件を選挙キャンペーンで利用したと非難するのに終始した。有権者もガザ地区への強硬な政策を支持していると思われる。『イスラエル・ハヨム』紙は、ロケットが飛来した後に世論調査を行い、カタルのガザ地区への送金を支持しないイスラエル人は回答者の52%に上ると発表している。
このように選挙戦はリクード党が優勢な中で展開していると思われる。今回の選挙では、パレスチナは特別大きな争点となっていないが、無視できない問題ではあり、イスラエルの治安や社会と密接に関わっていることに変わりはない。「青と白」が左派、宗教政党からの支持を得られず、選挙戦においてリクード党が優勢となる中で、ガザ地区にいる諸派による攻勢、ないしはラビ刺殺事件のような一般のパレスチナ人による突発的で、かつ日常的に発生する事件に「青と白」連合が対応できないことが、同連合への支持を下げる要因であることは間違いないだろう。
(研究員 西舘 康平)
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