中東かわら版

№109 シリア:イドリブ県で「大学」が多数閉鎖される

 7日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)はAFPを基に、「シャーム解放機構」(旧称「ヌスラ戦線」。シリアにおけるアル=カーイダ)が占拠するイドリブ県にて、多数の「大学」が閉鎖されたと報じた。これに対し、「学生」や「教員」が抗議行動を行った。

  •  「シャーム解放機構」の民生面でのフロント組織である「救済政府」は、イドリブ県内の認可を受けていない「大学」をすべて閉鎖すると決定した。これにより、同地の「大学」に通う「学生」数千人が、認可を受けた「大学」に通学する負担に耐えられないと主張して抗議行動を行った。
  •  2015年に「反体制派」諸派がイドリブ県を占拠した後、同地には多数の「大学」が設立された。これらの「大学」は、どれも(一般的に)学位が認められるものではないため、「大学」の学位保持者は諸派の占拠地域でのみ「大学卒」として雇用される。
  •  抗議行動に参加した「学生」の一人によると、(現在同人が通っている)「大学」のための学費は300ドル未満だが、認可を受けた「大学」の学費は1800ドルである。認可を受けた「大学」は金もうけのためのもので、普通の企業同然である。
  •  「救済政府」の高等教育評議会の代表によると、認可を受けた「大学」は8校ある。「大学」の閉鎖を決定した理由は、「大学」教育の枠組みを作り、質を確保するためである。また、同評議会は一般的に認められる学位を確保するため、トルコやマレーシアの複数の大学と連絡を取っていると述べた。
  •  今般の決定に怒った「学生」や「教員」は、イドリブ市内の高等教育評議会庁舎前で抗議行動をするようになった。これに対し、「シャーム解放機構」は検問所を設けて抗議が庁舎前に達しないようにするとともに、デモをやめないと逮捕すると脅迫した。これを受け「学生」や「教員」は路上で「授業」行い、その模様の画像をSNS上で発信した。

 評価

 イドリブ県では、2019年1月の戦闘で「シャーム解放機構」がその他の武装勢力諸派を破り、「シャーム解放機構」の覇権が確立した。今般の事態は、「シャーム解放機構」が他の武装勢力の影響下にある「教育機関」を排除し、自派の「教育機関」を押し付けようとする問題のように見える。しかし、その一方で問題の核心部は、国際的にもシリアの国内的にも容認されていないはずの「シャーム解放機構」による占拠という状況下のイドリブ県で、質や資格の有効性の面で大いに問題がある行為が、「大学教育」と称して行われているところにある。すなわち、現在イドリブ県で活動している「大学」が閉鎖されるか否かという点が問題なのではなく、同地を「シャーム解放機構」が占拠していることこそが問題なのである。

 「シャーム解放機構」であれ、その他の武装勢力諸派であれ、彼らによる「認可」や「学位認定」はイドリブ県の外では全く通用しない、「教育もどき」に過ぎない。イドリブ県は、教育や学位の取得という観点からも無法地帯・空白地帯となっているように思われる。今般の記事を見る限り、抗議行動を行った「学生」や「教員」、ひいては取材・報道した報道機関の側に、問題の核心や深刻さについての自覚が全く見られない。このような問題の被害者は、シリア人民に他ならない。国際的にイスラーム過激派のテロ組織とみなされている「シャーム解放機構」やそれに従属する「反体制派」諸派の下での「教育もどき」が、住民の将来を確実に蝕んでいることを忘れてはならない。

(主席研究員 髙岡 豊)

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