№105 エジプト:憲法改正案の提出
2月5日、議会(代議院)の一般委員会は、最大会派「エジプト支持連合」の議員155名から提出された憲法改正動議を承認した。以前から、大統領を支持する「エジプト支持連合」の議員を中心に大統領任期の延長が主張されており、2月初旬、その他の改正条文案と共に一般委員会に改正案が提出されていた。憲法改正の手続きを記した憲法第226条には、改正の提案は大統領または国会議員5分の1以上によって要求できると記されている。今後、改正案は議会での審議にかけられる。以下は、主な改正案である。
1.議会における社会の諸勢力の代表
・議員の4分の1以上を女性枠とする(第102条)
・第102条「法は、人口・県の公正な代表、有権者の平等な代表が考慮される方法で、立候補の条件、選挙制度、選挙区割りを規定する」から「有権者の平等な代表」を削除。
2.統治制度
・大統領任期を現在の4年から6年に延長する ※連続2期までとする現規定は維持(第140条)
・暫定条項の追加:「現在の共和国大統領は、任期終了後、改正条項に基づき大統領に立候補できる」
・副大統領を1名以上任命する
・大統領が職務遂行不可能となった場合、副大統領が大統領職を代行する。大統領職を代行した者ないし暫定大統領は、憲法改正の提案、議会の解散、内閣の解散はできない。また暫定大統領は大統領への立候補ができない(第160条)
3.司法府
・第185条から「司法機関の予算は独立であり、代議院で審議される」を削除
・高等司法評議会の設置:大統領を議長とし、司法機関の人事決定方法についての検討、司法機関に関する法律案について諮問する(第185条)
・検事総長の任命:高等司法評議会が選ぶ3名から大統領が1名を任命する(第189条)
・最高憲法裁判所長官の任命:年長の副長官経験者5名から大統領が長官1名を選び、任命する。副長官については、最高憲法裁総会が選ぶ2名から大統領が1名を選ぶ(第193条)
・国家評議会の司法判断管轄内容から「国家が締結した条約案の検討」を削除(第190条)
4.軍の役割
・軍の役割に、「憲法と民主主義の維持、および国家の基本構成要素、人民が獲得してきたもの、個人の権利と自由の保護」を追加(第200条)
・民間人を軍事裁判所に起訴する条件となる「軍事施設、軍基地、軍管理地区(中略)に対する直接の攻撃となる犯罪」から「直接」を削除(第204条)
5.上院(Majlis al-Shuyukh)の設置
・議員250名以上、任期5年
・選出方法:3分の2を有権者による投票、3分の1を大統領任命とする
評価
憲法改正動議を提出した院内会派「エジプト支持連合」はシーシー大統領を支持する議員から構成され、議会の圧倒的多数派を占めている。上記改正案における重要な点は3つある。第一は、大統領任期の延長である。シーシー大統領が2期目に入る前から、大統領支持派の議員はエジプトが危機的状況にあることを理由に強いリーダーシップとより長い任期の必要性を訴え、憲法改正を主張していた。改正案ではシーシー大統領が次の大統領選挙に立候補することも可能であるため、最長で2034年まで大統領職に留まることができる。
第二は、軍の政治的役割の拡大である。国土防衛、安全と平和の維持という任務の他に、憲法と民主主義の保護が加えられる。憲法と民主主義を守るという大義名分で、軍が政治に介入する余地が拡大する可能性がある。さらに、民間人の軍事裁判所への起訴要件が緩和されるため、社会的・政治的な抗議を行った民間人が今まで以上に容易に軍事裁判所に起訴される恐れがある。
第三は、司法権力の弱体化である。最高憲法裁判所や検事総長といった頂上司法機関の長を大統領がほぼ直接任命できる内容に改正する試みである。これは、ティーラーン・サナーフィール島引き渡し合意に関する裁判で、国家評議会(最高行政裁)などが合意を無効とする判決を下し、シーシー体制の政策に真正面から異議を唱えた経緯から、大統領支持派が司法府の独立性を弱める必要があると判断したと考えられる。国家評議会の管轄内容から「国家が締結した条約案の検討」が削除されたことがこれを如実に反映している。また、第102条から「有権者の平等な代表」を削除することについては、アブドルアール議長(大統領支持派)自らが、過去に最高憲法裁が同条項を根拠に議会選挙法に違憲判決を下してきたことを理由に挙げている。
議会は大統領支持派で独占されているため、憲法改正案の可決そのものは容易である。今後の憲法改正手続きの進展は、シーシー大統領が改正案について何らかのコメントを出すか、司法機関が改正案に対して公式に意見を表明するか、市民社会から憲法改正反対の動きが起こるかどうかによって左右されるだろう。
(研究員 金谷 美紗)
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