中東かわら版

№99 シリア:イドリブ県を占拠する武装勢力間の抗争

 2019年年明け直後から、イドリブ県を占拠するイスラーム過激派・武装勢力諸派の間で抗争が勃発し、その結果シリアにおけるアル=カーイダである「シャーム解放機構」(旧称「ヌスラ戦線」)が他の諸派のほとんどを解体し、イドリブ県とその周辺の「反体制派」が占拠する地域の大半を制圧した。1月10日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、抗争の状況を要旨以下の通り報じた。

 

  • 「シャーム解放機構」とその他の諸派との間に合意が成立し、「イドリブとその周辺の“解放区”の諸地域は、全て“救済政府”に属する」と取り決めた。“救済政府”とは、「シャーム解放機構」の傘下の機関である。
  •  イドリブ県の大半と、アレッポ県の一部、ハマ県の一部は、「シャーム解放機構」と、「愛国解放戦線」(トルコの支援を受ける諸派の連合体)などが分割して占拠していた。今般の合意に先立ち、「シャーム解放機構」は諸派に対し攻勢をかけ、「シャーム自由人運動」(アル=カーイダの古参活動家らが結成したイスラーム過激派武装勢力。「愛国解放戦線」に加盟)を破って、イドリブ県の75%を制圧していた。
  •  「愛国解放戦線」の諸派が「シャーム解放機構」に制圧されたことにより、マアッラ・ニウマーン、アリーハーなどのイドリブ県の主な都市も同機構に制圧された。マアッラ・ニウマーンの活動家は今般の抗争と合意について、「体制側が攻勢に出る口実を与える裏切り行為だ」と非難した。
  •  イスラーム過激派の有力団体である「宗教擁護者機構」、「トルキスタン・イスラーム党」は、今般の抗争で「シャーム解放機構」と争っていない。

 

評価

 イドリブ県とその周辺の諸地域を占拠する諸派の主力は、「シャーム解放機構」、「宗教擁護者機構」、「トルキスタン・イスラーム党」、「シャーム自由人運動」のような、アル=カーイダや外国起源のイスラーム過激派であり、シリアの「反体制派」武装勢力諸派は、イスラーム過激派に従属する弱小な存在に過ぎなかった。今般の抗争で「反体制派」との提携関係が比較的強かった「シャーム自由人運動」が敗退したことにより、諸地域を占拠する武装勢力のアル=カーイダや外国起源のイスラーム過激派としての性質は一層明瞭となった。「シャーム自由人運動」については、SNS上で解散に同意させられた手書きの合意書が出回っており、壊滅状態に陥った可能性もある。

 「シャーム解放機構」を含むイドリブ県などを占拠する諸派は、シリア紛争の中で程度の差はあれトルコの支援・黙認を受けて活動しており、その点に鑑みると今般の抗争をイスラーム過激派の「シャーム解放機構」がトルコの支援を受ける「反体制派」を破ったとみることは正確ではない。本来、これら諸派が占拠する地域と諸派の活動は、2018年9月のロシア・トルコ間の合意に基づきトルコが統制すべきものだが、イドリブ県などに拠点を設置しているトルコ軍が抗争の抑止や諸派の統制に努めた様子は見られない。諸当事者にどのような見通しや意図があるにせよ、抗争の結果ロシア・トルコ合意に基づく停戦、重火器撤去、ダマスカス・アレッポ間の幹線道路再開を拒絶する「シャーム解放機構」などのイスラーム過激派だけがイドリブ県とその周辺で「勝ち残った」ことになった。

 従って、ロシア・トルコ合意は履行されなかったことになる上、合意に基づいて戦闘が控えられてきた地域も国際的にテロ組織とみなされる諸派が占拠することになった。この結果、既に時間の問題にすぎないイドリブ県に対する政府軍とその支援者による討伐の蓋然性は一層高まったといえる。また、トルコは国際的にテロ組織とみなされる「シャーム解放機構」を放任、暗黙の支援をした形となるため、テロ対策という文脈でその責任や信頼性を問われるだろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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