中東かわら版

№75 シリア:安田純平氏の解放と身代金

 2018年10月24日、日本の安倍首相はトルコのエルドアン大統領、カタルのタミーム首長と各々電話会談した。また、河野外相もトルコのチャヴシュオール外相、カタルのムハンマド副首相兼外相と電話会談した。安倍首相と河野外相は、シリアでの安田純平氏の解放・救出に際してのトルコとカタルの尽力に謝意を表明した。

 一方、サウジのアラビーヤTV(サウジ資本の衛星放送)は安田氏の解放について、シリア「反体制派」の広報機関である「シリア人権監視団」の情報を基に、安田氏の解放のためにトルコがテロ組織に身代金を支払ったと報じた。身代金の額については、既に日本の報道機関で3億円との金額が取りざたされている。

 

評価

 安倍首相、河野外相による電話会談は、安田氏の解放に際してのトルコ、カタルの役割と、両国が役割を果たすにあたっての日本政府からの働きかけを裏付けするものであろう。シリア情勢、特に安田氏の事件の舞台となったとされるイドリブ県においては、同県を占拠するイスラーム過激派・犯罪集団にとってトルコとカタルが有力なスポンサー、保護者であることは事件発生時の2015年夏の時点で周知のことである。このため、トルコ、カタルの両国を通じて事件についての情報収集や、事態打開のための働きかけを行うことは至極順当な対策といえる。また、現在トルコとカタルは、イドリブ県を占拠するイスラーム過激派・犯罪集団を統制したり、これら諸派との関係を清算したりする局面に入っているが、こうした事情を勘案したとしてもトルコ、カタルの両国が日本政府から何の働きかけも受けずに安田氏の解放のために尽力したり、そのための諸活動を日本政府と全く意思疎通をせずに進めたりすることは考えにくい。

 今般の事件について身代金が支払われたのか、その場合は誰がいくら支払ったかについては世間的な関心が高い問題ではある。しかし、身代金支払い情報の出所や、それを報じた媒体について、十分留意して情報に対処すべきである。「シリア人権監視団」は、シリア紛争での犠牲者数を定期的に集計・発信し続けるなどの活動を通じて世界的に引用される機関である。しかし、同監視団はシリア紛争についての「現地情報」を、あくまで自らと親密な武装勢力・政治勢力の立場に立って発信する団体である上、その情報を第三者が検証することも不可能である。また、アラビーヤTVの報道についても、サウジとカタルとの対立を背景に、「カタルがテロ組織にお金を流している」との側面に焦点を当てた報道ぶりとなっている。この例にみられるように、報道・公開情報に受容に際しても、個々の報道機関の立場や方針に十分留意すべきであろう。

 アラビア語のSNS上でも、安田氏の解放についての書き込みが多数みられ、その中には日本人を誘拐すれば身代金が得られるとの印象を強化・拡散させる効果を持ちうる書き込みも含まれる。今後の誘拐事件の予防、イスラーム過激派・テロ組織・犯罪集団の資金源対策という観点からは、安田氏解放のための身代金に関する「シリア人権監視団」の情報は、イスラーム過激派と犯罪組織が日本人を優先的な標的とする「誘拐ビジネス」を広く呼び掛ける効果を持つものであると指摘せざるを得ない。

(主席研究員 髙岡 豊)

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