中東かわら版

№74 シリア:安田純平氏の解放情報

 2018年10月23日、日本政府は渡航情報を無視してシリアに密航した後消息を絶っていた安田純平氏の消息について、同氏が解放されトルコの施設に到着したとの情報をカタル政府から得たと発表した。当該の人物の人定や健康状態の確認が第一ではあるが、2015年夏以来の安田氏誘拐事件は一応の収束に向かうこととなった。

 

評価

 安田氏の解放と保護には、カタルとトルコが役割を果たした可能性が高い。その理由は、カタル、トルコの両国がシリア紛争勃発以来「反体制派支援」と称してシリアで活動するイスラーム過激派・武装勢力・犯罪組織を後援・保護してきたからである。これまでも明らかになった分だけでも、カタルがイスラーム過激派による誘拐被害者解放を仲介した事例もある。この辺りの事情は、安田氏が消息を絶った2015年夏の段階で広く知られていた事実であることから、事件発生当初からカタルやトルコを通じて事態の打開を図ることは、有力な経路だったと思われる。

 事件の舞台とされるイドリブ県については、大規模な戦闘の発生が懸念され、その回避のためにロシア・トルコ合意(2018年9月17日)が成立したばかりであった。シリア紛争の文脈で同県の情勢を考えると、同県を占拠するイスラーム過激派・武装勢力・犯罪集団諸派は、進退が極まっていたといえる。そうした中、「反体制派」としてロシア・トルコ合意に裨益するためには、外国人の誘拐に代表されるような顕著な犯罪行為を清算しようとした団体があっても不思議ではない。安田氏が解放されたタイミングには、シリア紛争の推移が作用している可能性が高い。

 今般の事件については、犯行の主体が何者かについて様々な憶測が出回った。その中の一つに、シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」(現:「シャーム解放機構」)の犯行であるとの説や、安田氏の身柄が「宗教擁護者機構」(アル=カーイダとの「分離」をめぐって「ヌスラ戦線」から離れた活動家らが結成したイスラーム過激派組織)の許に移ったとの憶測も含まれる。しかし、これまで安田氏誘拐事件について流布した動画は、いずれも製作者とその政治的主張や要求事項を示す情報を一切含んでいないものであるし、ここで名前の挙がった諸派が安田氏の事件について声明や機関誌などの広報媒体で言及したことも一切ない。なお、「シャーム解放機構」と今般の事件については、「イスラーム過激派モニター」No.M18-8No.M18-9No.M18-10を参照のこと。「ヌスラ戦線」や「宗教擁護者機構」が公式に情報を発信せず、非公式に身代金を奪取するために安田氏を誘拐したとの説が事実である場合、そのような振る舞いは犯罪集団同然のものであり、今後のシリア紛争の推移の中で彼らを「反体制派」として扱うことに重大な疑義が生じるであろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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