中東かわら版

№70 サウジアラビア:ジャマール・カショギ氏の失踪 #3

 サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマール・カショギ氏の失踪事件をめぐり、トルコ捜査当局からの情報のリークが続いている。他方、事件への関与が疑われているサウジのサルマーン国王およびムハンマド・ビン・サルマーン皇太子(MBS)は、関与を全面的に否定している。以下は、10月15日以降の報道概要と主要関係国の政府要人の動向である。

  • 捜査関係報道

10/15

・サウジ側は「カショギ氏は尋問中に誤って死亡させてしまった」という内容の報告書を準備している。

10/16

・イスタンブルのサウジ領事館にてトルコ・サウジ合同捜査

・領事館内に入ったトルコ捜査チームは館内で発見した毒物を調査中。また何らかの物質が上塗りされ消された形跡があり、これも捜査中である。

・トルコ捜査チームが、カショギ氏が領事館内で殺害されたことを示す音声データを入手した。

・リヤードからイスタンブルに入り、カショギ氏殺害に関与したとされる「15人」は、MBSの側近だった。

  • 政府要人動向

10/15

・トランプ大統領・サルマーン国王電話会談:トランプ大統領は記者団に、「国王は事件について何も知らないと言った。ならず者が殺害したのだろう」と発言。

10/16 

・トランプ大統領APインタビュー:「まずは事実解明だ。無実が証明されるまでは有罪であるという考えは好きではない。カヴァノー判事の件でこれを経験した。彼は無実だった」

・ポンペオ米国務長官がリヤードを訪問し、サルマーン国王・MBSと会談。同国務長官は、国王が事件の完全かつ透明で時宜にかなった捜査を約束したことに感謝した。

・エルドアン・トルコ大統領:領事館内を捜査したチームが、毒物、上塗り形跡を調査中であることを認める。

 

評価

 トルコ捜査チームからメディアへの捜査情報のリークが続き、トルコ・サウジ合同捜査が始まったことは、トルコ政府がカショギ氏失踪事件を司法手続きによる解決ではなく政治的な解決で収束させようとしていることを意味する。警察による捜査と容疑者の特定、裁判所への起訴という司法手続きをとれば、事件の証拠を公表し、サウジ王室の責任を公に問うことになりかねず、トルコ・サウジ関係の悪化は免れない。

 トルコにはこのような事態を避けたい理由がある。第一に、サウジアラビアは中東国際政治に影響力をもつ地域大国であり、サウジとの関係悪化によって域内諸問題の調整が難しくなりうる。既にトルコとサウジは、エジプトでのムスリム同胞団政権の追放(クーデタ)、カタル断交問題、シリア紛争におけるクルド武装勢力をめぐり対立を続けており、これ以上の関係悪化は望ましくない。第二に、トルコの経済問題があげられる。トルコ・リラの急落によりトルコ経済は疲弊し、エルドアン大統領の支持率も低下した。強気の姿勢を貫いてきた大統領も、市場の圧力に屈する形で公的金利の引き上げ、軟禁していた米国人牧師の解放を決定した。牧師解放で米国との関係改善が見え始め、市場もわずかに好意的な動きを見せているなか、域内大国であるサウジとのさらなる関係悪化は再びトルコ経済に暗雲をもたらすリスクになりうる。

 第三に、トルコ政府はカショギ氏事件をサウジに対する圧力として利用できる可能性がある。カショギ氏事件の捜査情報リークによってサウジの責任を問う国際的な雰囲気を作ってサウジを追い込み、何らかの外交上の取引でサウジ王室の事件への関与を無かったことにする「貸し」を与えることで、サウジからはトルコとの外交問題で何らかの妥協を引き出すことも可能であろう。トルコ・サウジ合同捜査は捜査内容を両国がコントロールできることを意味し、事件の外交的解決の可能性を高めている。

 米ホワイトハウスもまた、カショギ氏事件の責任をサウジ王室に求めず曖昧に収束させることが望ましいと考えていると思われる。サウジは産油国としてだけでなく、対イラン関係においてカウンター・バランスとなる国であるため、米国の中東における重要な同盟国である。そのため米国の歴代政権は、サウジ国内での人権侵害事例や非民主的統治を両国関係の課題としてこなかった。サルマーン国王やMBSの責任が明らかとなった場合にはサウジ王室内の権力闘争は必至で、これがサウジ国内や地域全体の不安定化として波及する恐れも否定できず、事件を曖昧に解決することの方が望ましい。トランプ政権に限定して言えば、サウジは米国から1097億ドルもの武器購入や米国でのインフラ事業への投資を決定しており、トランプ大統領が重視する米国内での雇用創出に寄与している。したがってサウジとの関係悪化は、米国の中東政策やトランプ政権の国内での支持にも影響を及ぼしうるのである。

 EU諸国もトルコ・サウジ合同捜査を支持していることから、米国と同じく、事件によってサウジ王室が不安定化しないことを望んでいると思われる。

 他方、日本政府の反応は、16日午後に菅官房長官が記者の質問に回答したコメントがこれに相当すると考えられる。官房長官は、「本事案はトルコにおいて捜査中であり、日本政府としてコメントする立場にない。早期の真相究明と公正で透明性のある形での解決を期待している。報道の自由、人道的見地から事態の推移を注視していきたい」と述べた。ペンス米副大統領は本事件を報道の自由と人権に対する脅威として懸念を表明し、イギリス・フランス・ドイツ外相も表現と報道の自由を守る立場から深い懸念を表明しているなかで、日本政府からは公式な論評が出されていない。

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