中東かわら版

№68 サウジアラビア:ジャマール・カショギ氏の失踪 #2

 サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマール・カショギ氏の失踪事件をめぐり、サウジ政府は同氏殺害への関与を否定する一方で、トルコ捜査当局は在イスタンブル・サウジ領事館内で殺害されたことを示す証拠があると主張している。このような事態において、欧米政府は完全な捜査と真実解明を求める声明を出し、欧米企業がサウジ政府との経済関係を一時停止する動きを始めた。以下は、これらの概要である。

  • 米国

    ・上院議員:サウジに対して人権侵害を理由とした制裁を科すべきか検討するようトランプ大統領に要請。(10/10)

    ・ポンペオ国務長官:サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子(MBS)に事件に関する情報を提供するよう要請。(10/10)

    ・トランプ大統領:CBS局のインタビューで、カショギ氏の殺害が真実ならばサウジに対して「深刻な罰」を与えるだろうと発言。(10/14)

  • イギリス

・超党派議員団がハント外相に、イギリス政府としてサウジに事件の完全な捜査を求めることを要請する内容の書簡を送付。(10/11)

  • イギリス、フランス、ドイツ外相共同声明

・真相解明のため信頼性のある捜査が必要である。サウジ・トルコ合同捜査を支持し、サウジ政府に完全かつ詳細な対応を求める。(10/14)

  • 経済界

・Virgin Group:サウジ公的投資基金(PIF)との紅海観光産業への投資案件について、PIFとの協議を停止すると発表。(10/11)

・新産業都市「NEOM」の理事に任命されていた米国・英国人企業家や元政府高官が、理事職を一時停止すると発表。(10/10~)

・10月23日にリヤードで開催予定の「Future Investment Initiative」(MBS主催)に、以下企業などが参加中止を発表:New York Times、CNN、Financial Times、CNBC、Bloomberg、The Economist、Los Angels Times、JP Morgan、Ford、日本経済新聞、世界銀行会長。

・14日、サウジ証券取引所(タダウル)全株指数が-7%下落。

 トランプ大統領が「深刻な罰」に言及した後、サウジ国営通信はサウジ政府筋の話として、サウジアラビアは世界経済に影響力があり、このような脅しを完全に拒否し、より強力な行動で応じると述べたと報じた。「アラビーヤ」局(サウジ資本)のジェネラル・マネージャー、トルキー・ダヒール氏は14日付の記事で、サウジ政府が石油を減産し、原油価格を吊り上げる報復の可能性にまで言及した。

 

評価

 欧米政府や西側企業が上記の反応に出る理由は、サウジアラビアが国家としてカショギ氏失踪に関与していない証拠を示していないため、同国の言論・報道の自由に対する不寛容さへの疑念が高まっていることである。その結果、上述のとおり、サウジの国家プロジェクトと欧米諸国・企業との関係に影響が及び始めた。

 サウジ側がもし原油価格を吊り上げるという手段を使うならば、石油を輸入する世界中の国々に打撃が波及し、エネルギー自給率が高まりつつある米国でさえ影響を免れない。しかし、その代償としてサウジ自身の石油生産者・投資先としての信用度は失墜し、MBSが発表した数々の大型開発プロジェクトが破綻するどころか、サルマーン国王・MBS体制の国内での安定性に影響が出るだろう。サウジが欧米諸国からの投資を必要とする現在、石油を武器とした外交は必ずしも自国の利益にはならない。

 サウジアラビアは豊富な資源を有し、様々な分野で開発の余地を残す魅力的な投資先ではあるが、権威主義体制ゆえの投資における政治リスクが大きい。MBSが国家の政策決定の中心に就いてからは、国内での言論弾圧やイエメン紛争での民間人空爆など、人権を無視した強硬な政策が目立つ。「Future Investment Initiative」への参加を中止した企業は、このような政府が直接関与する経済プロジェクトに参加することの利点と不利益(企業の社会的責任、企業イメージなど)を十分を考慮した結果の決定であろう。

(研究員 金谷 美紗)

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