中東かわら版

№67 トルコ:ブランソン牧師の身柄解放と同牧師の帰国

 10月12日、トルコ・イズミル県の裁判所は、自宅軟禁状態にある米国籍のアンドリュー・ブランソン牧師の身柄を解放する判決を下した。10月12日、午前10時40分より開始されたブランソン牧師への4回目の審問では検察側から3名、弁護側から1名の証人が出廷し証言を行ったが、いずれもこれまでの証言を裏返し、同牧師のかかわりはなかったと述べた。最終弁論ではブランソン牧師も自身の無罪を改めて主張した。

 最終弁論終了後、検察側の禁固10年の求刑に対し、裁判所は禁固3年1カ月半の判決を下したが、2年3カ月にわたる未決勾留期間を考慮して服役免除とした。また、トルコを離れることを禁止する「旅行禁止」の適用も行わなったことから、裁判終了後、同牧師は直ちにトルコを出国、ドイツを経由し13日午後、米国へ帰国した。

 同牧師の身柄解放と米国への帰国については、トランプ大統領が10月13日付の自身のツイッターで、エルドアン大統領への謝意を示すとともに、この問題に関して、二国間でいかなる取引も行われていないと発言している。

 ブランソン牧師には、2016年に、7.15クーデタ未遂事件を引き起こしたとされるギュレン派と共謀した容疑および、反政府勢力のクルディスタン労働者党(PKK)を支援した容疑がかけられており、2016年から収監されていたが、今年7月25日に釈放され、自宅軟禁へと移されていた。同牧師の身柄については、2018年7月以降トランプ大統領が声高にその解放を主張し、これに応じない姿勢を示したトルコに対し2回にわたり(8月1日、8月10日)経済制裁を実施、トルコ・リラは大幅に下落したのみならず他の新興国の通貨安も引き起こした。一人の牧師の身柄をめぐり、トルコ・米国間での対立を深める大きな要因となっていた。

  

評価

 今夏に突如持ち上がった牧師の身柄解放をめぐる騒動は、ひとまず収束した。米国からの経済制裁を受けた後も強硬な姿勢を崩さなかったエルドアン大統領だが、リラの続落により、トルコ経済は深刻なダメージを受け、過半数を超えていた大統領支持率も低下した。米国や欧州等の大国に臆せず物が言えるリーダーとして、国内のナショナリズム高揚とともに支持基盤を確立してきたエルドアン大統領だが、今次騒動では大国の前に「敗北」したと言えるだろう。

 12日の裁判において、複数の証人が一斉にその証言を撤回したことについて、与党・公正発展党のチェリキ報道官は、政府が圧力をかけた可能性について否定したが、急展開を見せた背景に「何かがあった」ことは想像に難くない。しかしながら、司法に判断を委ねる形を取った今回の解決策は、トルコ国内においてエルドアン大統領が体面を保つことが出来るギリギリのラインだっただろう。

 他方、11月4日に投票を迎える中間選挙で苦戦を強いられているトランプ大統領にとっても牧師の解放・帰国は、共和党支持率上昇に向け追い風となったはずである。

 トルコとしては、エルドアンの「敗北」を飲む代わりに一刻も早い経済制裁の解除を取り付け、低迷する経済の底上げと、対米関係の改善を図りたいところではある。だが、牧師の解放は、二国間関係改善に向けたきっかけとはなるかもしれないが、騒動の収束をもって通貨安が解消されるとは考えにくい。リラ続落とそれに伴う新興国の通貨安は、米国の金利政策やグローバル経済の下での資金の移動、「通貨」という市場メカニズムに左右されることから、トルコにとって厳しい状況が続くことに変わりはないだろう。

 また、10月2日に発生したイスタンブル・サウジ領事館でのサウジ人ジャーナリスト失踪は、中東諸国のなかで米国と親密な関係にあるサウジとトルコとの外交問題に発展しているほか、11月5日には米国のイラン制裁の再発動も控えており難題は多い。これらの問題はブランソン牧師よりも深刻で、トルコに与える影響は大きいことから、牧師の解放がトルコの不安定要素の解消につながるとは言い難い。

(研究員 金子 真夕)

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