中東かわら版

№66 サウジアラビア:ジャマール・カショギ氏の失踪

 10月2日、サウジアラビア人のジャーナリスト、ジャマール・カショギ氏が、イスタンブルのサウジ領事館を訪問した後、行方不明になった。カショギ氏は『ワシントン・ポスト』紙のコラムニストで、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子(以下MBS)の政治運営に批判的な記事を書いたことによるサウジ政府からの何らかの圧力を恐れ、2017年から米国に滞在している。

 トルコ治安当局はカショギ氏が領事館内で殺害された可能性が高く、その証拠があると主張している。他方、サウジ政府は、同氏は領事館を出たあとに行方不明になったに過ぎず、殺害情報を否定したが、カショギ氏が領事館を出た証拠を提示していない。トルコ現地メディアや『ワシントン・ポスト』紙は、トルコ警察から入手したとされる領事館に入るカショギ氏の動画や、10月2日にリヤードからイスタンブルに到着したサウジ人15名が領事館を訪問したこと、MBSがカショギ氏拘束を命令した情報を米諜報機関が入手していたことなどを報じ、サウジが国家としてカショギ氏の失踪に関与した可能性を指摘している。サウジ政府はトルコ治安当局によるサウジ領事館内の捜査を許可したが、サウジ側は協力に消極的なようである。

 米国からも、カショギ氏失踪を懸念する声、事件の真相解明を求める声が出ている。ペンス副大統領はツイッター上で、カショギ氏の事件は悲劇的であり、報道の自由に対する脅威であると述べた。ボンペオ国務長官、ポルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官、クシュナー大統領上級顧問はそれぞれ、MBSと事件について話し、カショギ氏の行方について完全な捜査を行うよう要請した。また上院議員22名が、サウジアラビアに対して人権問題上の制裁を科すべきか検討するよう大統領に要請した。トランプ大統領も10日にサウジ高官と事件について話した模様だが、その一方で、「この事件については聞きたくない」、「事件が収拾することを願う」など曖昧な態度を示した。

 

評価

 カショギ氏が失踪して1週間が経過した現在、事件の真相はいまだ不明である。サウジアラビア政府はカショギ氏が領事館を出たことを示す証拠を提示していないため、同氏が領事館内で殺害されていないこと、よってサウジ政府は事件に関与していないという主張を証明するには至っていない。MBSがサウジアラビアの政治・経済政策を担うようになって以来、同国ではMBSの政策に反対する王族、宗教指導者、人権活動家が相次いで逮捕され、有罪判決を受けている。カショギ氏事件の事実関係は不明であるものの、メディア報道によって、諸外国はこの事件がサウジ政府による言論弾圧の一環で起きたと認識しつつあることは否めない。サウジ側が事件への関与を否定する材料を提示していないことも、諸外国の懸念を深めている。こうした状況は、MBS体制がサウジへの投資を対外的にアピールする上で用いてきた「改革」や「社会的解放」とは程遠い様相を呈している。

 サウジ政府としては一刻も早く事件を収束させたいと思われるが、事件がメディアで取り上げられ続けるかぎり、サウジの対イラン政策(イラン核合意への反対)やイエメンでの空爆は諸外国からの支持・支援を失う可能性がある。特に最大の軍事支援国である米国が事件に関してどのような態度をとるのか注目される。サウジにとって最大の影響となりうるのは、米国が人権弾圧を理由にサウジへの軍事支援を停止することだが、トランプ政権がこのような方針をとりうるかは疑わしい。トランプ大統領は自身の国内支持基盤の動向を重視する傾向があるため、米メディアや議会がサウジ批判を展開したとしても、支持層がこの問題に無関心であればサウジに対して真相究明を強く迫る態度に出ないことも考えられる。またトランプ政権は対イラン政策においてサウジと共同歩調を取っているため、米国が対サウジ関係を悪化させる選択肢をとる可能性は低いように思われる。

(研究員 金谷 美紗)

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