中東かわら版

№63 イスラエル・パレスチナ:アラブ系イスラエル人の議員がゼネストを組織

 

 10月1日、2000年の第2次インティファーダ18周年とその時の殉教者への追憶のために、1948年占領地と西岸地区のパレスチナ人を中心としたストライキがグリーンライン(1967年占領地とイスラエルを分けるライン)の近くで発生した。今年の5月にイスラエルで可決された国民国家法とトランプ政権の「世紀の取引:への拒否が目的とされる。学校、市場、大学、民間企業、輸送業の関係者がストライキに参加した。ストライキの組織については、アラブ系イスラエル人の議員を主体とし、元イスラエル国会議員のムハンマド・バラカが議長を務めるアラブ担当高等フォローアップ委員会が、9月29日の時点で、ガザ地区などパレスチナ人がいる全地域に向けて参加を呼びかける声明を出している。この呼びかけに答える形でレバノンの難民キャンプでストライキが行われた。また、在ロシア・パレスチナ大使館がロシア在住のパレスチナ人、アラブ人、ファタハ要員と共同して連帯を示した模様である。10月2日付の『ハヤート』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、今回のように各地域に跨ってストライキが実施されることは稀であるが、参加者の数は少ないと報じている。

 

 

評価

 

 

 今回のストライキから、国民国家法にパレスチナ人が高い関心を持っていることがわかる。イスラエルの国内政治の観点に立った場合、こうした国外から向けられる関心に乗じて、アラブ系イスラエル人の議員が、国民国家法の正統性の是非を国際的に問おうとする流れの中で、今回のストライキを呼びかけたと理解できよう。8月の時点でアラブ系イスラエル人の議員はEUのモゲリーニ欧州連合外務・安全保障政策上級代表と会談し、イスラエルの右派諸組織をEUのテロリストのリストに組み込み、EU国内で彼らにビザなしで入国し活動するのを禁止することなどを要求している。モゲリーニ上級代表は、国民国家法は内政事項に当たるため介入しないと声明を発表している。これに次いで、9月26日、ジュネーブで開かれた国連人権理事会のシンポジウムでは、イスラエルの国民国家法によりグリーンライン上のパレスチナ人の市民権が脅かされると警鐘が鳴らされた。その他、9月末の国連総会の演説の冒頭、アッバース大統領が同法を批判し、国民国家法に国際的な関心が向けられたこともストライキを促した遠因といえるだろう。

 とはいうものの、国民国家法の是非は、本質的にはイスラエルの内政上の問題であり、同国の政治や社会が判断する必要がある。それにも関わらず、敢えてアラブ系の議員が国外のパレスチナ人や国際社会に支援を求める事情として、国内や議会内における彼らの政治的影響力が低いことが挙げられる。しかし、国際レベルでは、国民国家法を廃止する実質的な役割を担おうとする国や国際機関はいないため、外圧がイスラエル政府に廃止を迫る状況にない。他方、国内レベルでは、同法が可決された7月、同胞への反対を軸に国会内で超党派的な連合が形成される機運が生じたにも関わらず、アラブ系の議員が国民国家法に反対したドルーズ派、「イスラエル我が家」、クラヌ、シオニスト連合の議員、また市民組織、一般のユダヤ人等と連携を取っていない可能性が高い。その証左として、8月にアラブ系イスラエル人が行った国民国家法に反対するデモではPLOの旗が掲げられたり、パレスチナの開放が主張された模様である。イスラエルでは、こうした行動は国民国家法と直接関係がないものと受け止められ、その末にネタニヤフ首相が、このデモをアラブ系パレスチナ人を批判する材料として用いた。

 こうした状況の中で、イスラエル国籍を持たないパレスチナ人が投票やデモ、政治献金、利益団体を通じた圧力という形で外部から働きかけたとしても、その影響力は限定的なものになるだろうし、却ってイスラエル・パレスチナ間の溝を先鋭化させる事態にも発展し得るだろう。

(研究員 西舘 康平)

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