中東かわら版

№57 シリア:最近の軍事情勢

 シリア政府を打倒可能か否かを争うという意味でのシリア紛争の勝敗は完全に決した。また、「イスラーム国」の軍事・政治・社会的影響力もほぼ消失している。現在はシリア政府がいつ、どのようにしてシリア領への統制を回復するのかが焦点となっている。

 

図:2018年5月23日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

 

 

 

凡例

オレンジ:クルド勢力

青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「シャーム自由人運動」などのイスラーム過激派)

黒:「イスラーム国」

緑:シリア政府

赤:トルコ軍

赤点線内:アメリカ軍 

 

1.イスラーム過激派を主力とする「反体制派」が占拠する地域は、イドリブ県とその周辺のみとなった。9月7日にテヘランで開催されたイラン・トルコ・ロシアの三カ国首脳会議ではイスラーム過激派の処遇について合意ができなかったが、外国人戦闘員とその家族を養うイスラーム過激派を掃討するという意味で政府軍による攻撃は不可避な情勢。

 

2.9月8日に「民主シリア軍」と政府の治安部隊とが交戦し、20人近くが死亡する事件が発生した。交戦の当事者はアメリカの陰謀を主張した。

 

3.アメリカ軍が白リン弾を使用するなどして「イスラーム国」を攻撃した。

 

4.ダラア県、クナイトラ県などから退去した「イスラーム国」戦闘員が、スワイダ県東部の岩石砂漠地帯に立てこもって政府軍に対し交戦中。 

 

評価

 イドリブ県を占拠するイスラーム過激派には、多数の外国人が合流している。チェチェン、ウイグル、キルギス、ウズベクなどの外国人戦闘員やその家族は、シリアにとどまることも、他の場所に退去することも不可能であり、彼らの存在を無視して停戦や人道問題を論じることは現実的ではない。とりわけ、日本人記者の安田純平氏もイドリブ県でイスラーム過激派に捕らわれているとされていることから、イスラーム過激派による占拠状態を是認・温存する形で政府軍によるイドリブ県への攻撃を阻止することは、その害悪をも視野に入れて論じるべきであろう。

 一方、アメリカ軍は依然として“「イスラーム国」の掃討”をシリアへの軍事介入・シリア領占領の目的であると主張しているが、アメリカ自身はシリア政府の正当性を否認し続け、イランやロシアの抑止という、外交上の意図を持っている。ここから、アメリカにとっては現行の介入を継続するために、シリア領内で「イスラーム国」が永続的に活動することが望ましいことになる。こうした事情に鑑みると、少なくともアメリカ軍やその支援を受ける勢力の手で早期に「イスラーム国」が掃討されることは期待し難い。

 

(主席研究員 髙岡 豊)

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