中東かわら版

№55 イスラエル・パレスチナ:エルサレム市長がUNRWAの活動停止の計画を発表

 

9月3日付け『ハヤート』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、ニール・バラカート・エルサレム市長が、市内における「国連パレスチナ難民救済事業機関:UNRWA」の活動を停止する計画を進める意向があると発表したことについて、以下のように報道した。

  • トランプ大統領によるUNRWAへの資金拠出停止を受けて、エルサレム市長はUNRWAの活動を停止する計画を進める意向にある。
  • UNRWAの学校を閉鎖し、住民にとってより良い選択をする。
  • 現在、UNRWAの学校がある場所を、社会保護サービスの施設にする。その目的は、エルサレムの持続的な発展を阻害する要因を取り除くこと。
  • 難民を難民として指定するのを止め、彼らを滞在者として扱わなければならない。
  • 統一された都市としてのエルサレムの発展を続けていく。
  • 他方、アドナーン・アブー・フスナ・UNRWA広報顧問は、同機関がエルサレム市長の計画に関して通達を受けておらず、UNRWAとその学校は業務を続けていくと述べた。

評価

 

 トランプ大統領は2017年の時点でUNRWAへの資金を3億6千万ドルから6千万ドルに削減すると発表した。今年の8月24日には、2018年度の米国予算のうち西岸地区、ガザ地区で実施する諸プログラムの実施用に充てられた2億ドルを、その他の優先度の高い地域向けに用いるよう国務省に指示を出している。これらの措置を、上記の報道と合わせて考えてみれば、イスラエルに資するものとして位置づけられ、イスラエルを極端に支持するトランプ政権を端的に表しているだろう。

 

 他方、赤字にも関わらずUNRWAが西岸地区、ガザ地区、レバノン、ヨルダンで経営する学校が8月下旬から順次、通常通りの学期を始めたことで、同機関への国際的な関心が高まり、米国の支援停止を非難、ないしは懸念を示す向きが強まっている。すでに日本やドイツ、またアラブ諸国ではカタル、サウジ、UAEがUNRWAへの追加の支援を発表しており、国連、PA、ヨルダン、アラブ連盟、EUなどが米国への非難を表明している。UNRWAの教育、保健、食糧支給等の活動が支障をきたすことは、パレスチナに限らず、パレスチナ難民を受け入れているシリア、レバノン、ヨルダンの社会や政治に直接の被害を与える。そのため、国際社会の役割を求める声が大きくなるだろうが、金銭面で米国を肩代わりする国が出てくるとは考えにくい。また、UNRWAの支援はイスラエルとパレスチナの和平と結びつけられているため、パレスチナの現地で実際にプロジェクトを担うべき主体はパレスチナとイスラエルの政府と住民であり、他国ではない。

 

 もっとも、UNRWAへの資金拠出の停止が、イスラエルとパレスチナ間の紛争に対するトランプ政権の対外政策において明確に位置づけられているかは不明である。その対外政策の大枠とされる「世紀の取引」の詳細は公表されていないが、今年6月に米国のグリーンブラット特別代表とクシュナー上級顧問が、イスラエルとアラブ諸国の訪問の折にこの案を提示したがアラブ側から拒否されている。ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子を中心として「世紀の取引」に積極的とされたサウジでさえ、7月29日にはサルマーン国王の意思により、サウジはエルサレムの地位と難民の帰還権を扱わない中東における和平案(世紀の取引を示唆)に賛成しないとアラブの同盟国に伝える発表が報道されており、域内諸国からの理解を得られていない。

 

 また、8月21日にトランプ大統領は、ウェストバージニア州のチャールストンで行った演説の折、「パレスチナ人とイスラエルの間で和平を実現するのは、最も複雑な問題だ。エルサレムを交渉から外した。もはや交渉するべき問題ではない。イスラエルはその代価を支払う時が来た」と発言している。これに対して8月30日、フリードマン・駐イスラエル 米国大使は「トランプ大統領の発表は嘘である。彼はイスラエルの国会に対して代償を払う必要はなく、ただ気持ちだけが求められていると発言したつもりだった」と述べて、トランプ大統領の発言を撤回している。このような発言のやり取りからは、その背景に、トランプ政権のイスラエルの利益を優先する姿勢、または中間選挙を見据えた米国内の福音派やユダヤ系の利益団体への配慮など、どんな理由があるにせよ、米国がパレスチナ側との取引を自ら反故にする姿を看守できよう。

 

 確かに、これまでトランプ政権は域内の問題を域内諸国の中で処理させ、米国の負担を軽減していくという姿勢を打ち出しつつ、陰に陽にイスラエルを支援してきた。UNRWAの事例はこの姿勢をよく示しているだろう。短期的に見た場合、今般の記事にあるように恣意的に振舞える点でUNRWAへの支援停止はイスラエルの利益になるだろう。とはいえ、長期的に見た場合、支援不足を理由にパレスチナ、特にすでにイスラエルの封鎖を受けているガザ地区の生活状況が悪化すれば、その不満は自ずとイスラエルに向けられることになる。また、イスラエルを取り巻く周辺諸国の情勢が難民への支援や処遇をめぐり悪化することも想定される。米国がイスラエルに偏った政策を志向するあまり、却ってイスラエルの安全を脅かし得ることも十分考えられるのではないだろうか。

 

(研究員 西舘 康平)

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