中東かわら版

№48 トルコ:トルコリラの続落とその背景

 米国によるトルコへの経済制裁発動以降、トルコリラ(以下、リラ)の大幅な下落が続いている。リラは、2018年7月13日時点で23.077円だったが、8月13日には16.053円と、わずか1カ月で7円超も下落した。対ドル、対ユーロに対しても円と同様に最安値を更新している。リラがここまで売られる最大の要因は、米国による経済制裁の発動とトルコの経済政策である。

 米国によるトルコへの経済制裁はこれまでに2回実施されている。第一段階として、8月1日、トルコ閣僚2名に対し米国内の資産凍結及び米国人との取引停止を行った。(詳細は『中東かわら版』No.45(8月6日))1回目の制裁でトルコがブランソン牧師の解放に応じなかったことを理由に、第二段階として、8月10日にトランプ大統領は、米国がトルコから輸入する鉄鋼・アルミニウムに課す関税を2倍に引き上げることを表明した。リラは、8月1日の一次制裁発表直後は大きな動きはなかったものの、8月4日にエルドアン大統領が報復措置を発表したことと、10日の追加関税の拡大によって一気に下落、週が明けた13日には一時15.416円の最安値を更新した。

 一連の動きを受けて、市場は、エルドアン大統領が公的金利の利上げ実施に踏み切ることを期待したが、同大統領が利上げに反対する姿勢を見せたことで、一層リラが売られる悪循環となっている。8月13日、アルバイラク財務相は為替市場鎮静化のための行動計画を発表し、即日必要な措置が取られると述べた。そして同日、トルコ中央銀行も国内預金準備率の引き下げを行うと発表したことから、小幅の回復を見せたが「焼け石に水」の状態が続いている。

 トルコは、スペイン、フランス、イタリアの銀行に多額の債務があり、このままの状態が続けば、返済にも影響が出る。EU側は経済危機に巻き込まれる可能性を危惧し、トルコを支援する姿勢を打ち出している。そのほか近年トルコと良好な関係にあるロシア、イラン、カタルもトルコ支援を表明した。リラの暴落によって既に他の新興国通貨への影響も出ており、世界経済に大きな打撃を与えることが懸念されている。

  

評価

 リラの大幅下落を招いた米国の経済制裁とトルコの政策の背景にある二つの要素は、複雑に絡んでいる。

 米国が制裁実施に踏み切った理由は、ブランソン米国人牧師の身柄解放をめぐる問題よりも、トルコがロシア、イラン、中国へ急接近していることへの苛立ちの方が強いように思われる。仮に、米国がブランソン牧師の問題を重要視しているのならば、牧師が2016年に逮捕、収監された時期に何らかの行動を起こしたはずである。また、同牧師は2018年7月に自宅軟禁へと移されていることからも分かるとおり、トルコ側もこの件をあまり重視していなかった。この問題が突如持ち上がった背景には、米国の中間選挙以外に在欧米のトルコ系知識人の存在がある。彼らの中には、クーデタ未遂事件でトルコを追われたギュレン派亡命者やクルド系トルコ人が多く、いずれもエルドアン大統領と敵対する勢力であることから、反エルドアンのロビー活動を行ってきた。このネガティブキャンペーンが中間選挙を控えたトランプ政権に少なからず影響を与えた可能性が高い。

 もう一つの重要な要素であるロシア、イラン関係を考えると、トルコは、2017年12月にロシア製ミサイル防衛システムS-400の供給に関する合意文書に署名し、ロシア国内では既にトルコ向けのS-400の製造が始まっている。S-400は、米国製のパトリオットミサイルに比べ約2倍の射程距離を誇ると言われており、既に中国、インド、ベトナムで導入されている。トルコは中東でありながら西側諸国の一員としてNATOに加盟し、安全保障面においても協力関係を構築してきた。東西を結ぶ地政学的にも重要な位置にいるトルコに、ロシア製の防衛システムが導入されることは、技術的な問題もさることながら、NATOの軍事機密がロシア側に漏洩する可能性があり、米国もNATOも看過できない。

 イランとの関係では、米国がJCPOA離脱(5月8日)に伴って対イラン制裁を再開するにあたり、各国に同調を呼びかけたがトルコはこれに反対する立場を明確にしてきた。天然資源が乏しいトルコにとって原油の安定供給は、経済のみならず内政安定のためにも重要であり、隣国の産油国のイランとは良好な関係を継続する必要があるが、結果としてこの決定がトランプ大統領の怒りをかったのではないかと推察できる。

 とはいえ、トルコ・ロシア・イラン各国は、心から相手を信頼している訳ではない。現段階において相互の利害が一致しているだけで、情勢やその時々の立場によって関係が変化していくことは過去の歴史から見ても明らかである。またトルコは中国から多額の経済支援を得るなど接近を図っている。このようにトルコがロシア・イラン・中国と「つかず離れず」の関係を維持していることは、関係が悪化している米国やEU牽制のための外交カードの一つとみなすべきである。

 トルコ経済がこれほどの窮地に陥ってもなお、エルドアン大統領が利上げに消極的なのは、イスラーム的公正に基づくイデオロギーと、過去にハイパーインフレを乗り越えた経験があるからである。エルドアンがイスタンブル市長に就任した1994年当時、トルコのインフレ率は104.54%(IMF)で、逮捕により市長を退く1999年まで60%~80%前後の高い数値で推移した。公正発展党が政権を獲得した2002年には経済危機に陥り国家は破綻寸前だった。この時期、トルコは現在よりもはるかに貧困層の割合が高く、ハイパーインフレによって富裕層と貧困層の差が拡大し続けていた。国民にイスラーム的な公正を訴えるエルドアンは、富める者は一層豊かに、貧しい者はより貧しくなる状況を生み出す金利こそ諸悪の根源であるとの思いが強い。インフレ抑制のために金利の上昇を抑えるというエルドアンの政策はこの考え方に則ったもので、それを支持する一定数の国民がいることも事実である。

 一連の出来事を巡っては、エルドアン・トランプ両大統領が持つ強烈な個性ゆえに、その一挙手一投足に注目が集まり、報道や市場が過剰に反応していることも指摘できる。経常赤字は膨らんでいるもののトルコのファンダメンタルズ自体は悪くなく、リラ下落により外国人旅行者は増加するものとみられる。これに加えて、国外に500万人以上いるトルコ系移民によるトルコ国内への不動産投資等の経済活動により外貨の流入が見込める。移民からの送金額は、トルコの貿易収支赤字を埋めた過去があり軽視できない。

 日本でもリラ下落の原因として盛んに報道されているブランソン牧師の問題は、中間選挙を控えたトランプ陣営にとって支持者へのパフォーマンスとして重要な事項ではある。だがそれは口実で、その裏にあるのは米国の思い通りにならないトルコに対する報復と、国際社会への見せしめの側面が強いように感じる。今般のリラ大幅下落は、イラン・中国・北朝鮮などへの対応に見られるような強烈なトランプ外交の一環である。様々な要因が絡む状況を冷静にみていかなければ、日本も含めた国際社会がトランプの思惑に踊らされ大局を見失う可能性がある。

 

(研究員 金子 真夕)

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