中東かわら版

№47 イラン:米国による対イラン制裁の第一段階発動に伴う影響の概要(~8月14日)

 米東部時間8月7日午前0時1分(日本時間午後1時1分)、米国による対イラン制裁の第一段階が再開された。EUのモゲリーニ上級代表とイラン核合意(JCPOA)加盟国の英独仏外相は即日共同声明を出して制裁再開に深い遺憾の意を示した上で、ブロッキング規制発動措置を取ると発表した。同じく露中両国も米国を非難し、核合意存続に尽力する旨を発表。特に中国はイラン産原油輸入の継続、対イラン貿易における人民元使用割合の増加を2度にわたる外務省発表で明言した。また、イラク、シリア、アフガニスタンなど周辺諸国も制裁再開に相次いで不快感を露わにし、イランと前後して米国の制裁を科されたトルコも、一貫して対イラン制裁に反対し、連携強化の姿勢を崩していない。第一段階で制裁対象となったのは以下の通り。

・イラン国債の購入・予約・発行及びその仲介

・イラン通貨の売買に関する大規模取引や国外におけるイラン通貨での大規模資金又は口座の維持

・イラン政府の米ドル取得・買い増しを援助する個人ないし企業

・貴金属及び原料(黒鉛・石炭・アルミニウム・鉄鋼)又は半製品となる金属、工業生産過程制御のためのソフトウェアの取引

・イラン自動車産業に関する取引

・高級品(絨毯・キャビア)及び関連する特定金融取引

・航空機及びスペアパーツ、サービスなどの輸出・再輸出及び関連する契約の履行

 しかし、対イラン制裁の第一段階発動前より、既に各方面に悪影響が及んでいる。発動と前後して仏自動車大手PSAグループ、独自動車大手ダイムラー、海運大手マースクなどが相次いでイランからの撤退を表明して動揺を呼び、米航空機大手ボーイングと欧州同業エアバス(傘下ATR)の取引中止も400億ドル(約4兆3600億円)近くの損害が出る見通しだ。また、経済だけでなく文化交流や外交面にも影響が見られている。先日のFIFAサッカー・ワールドカップにおいて、イラン代表選手にのみ米スポーツ用品大手NIKEの公式スパイクが提供されなかったことは波紋を呼んだ。また、制裁発動と前後して各国要人のイラン訪問が急遽取り消されるなどの影響も出ている。

 

評価

 対イラン制裁の第一段階発動は、イランのみならず世界経済にも少なからぬ影響を与えている。また、11月に発動される第二段階では石油に関する取引が制裁対象となるため、今後の世界における石油供給の水準維持が困難との見方から、経済成長減速の見通しとなっている。日本も、2015年の経済制裁解除以降、積極的にイラン市場への参入を画策してきたことから、制裁再開の影響は決して小さいものではない。既に一部日本企業はイラン企業とのプロジェクトを停止している。イランでは、日本企業とりわけ製造業に対する評価が高く、インフラ関連事業への参入が期待されていただけに、大きな落胆を呼んでいる。

 こうした動きに対して、中国が積極的にその空洞を埋めていることは注目に値する。例えば、中国北方工業公司(Norinco)は7月3日にガズヴィーン市でイラン唯一となる市内トラム建設の了解覚書を取り付け、同月24日にはゴム州での太陽光発電所建設に関する合意書に調印した。また中国石油天然気集団公司(CNPC)は、仏石油大手トタル及びイランのペトロパールス社と合弁企業を立ち上げていたが、トタルの撤退に伴って同行の筆頭(シェア80.1%)となり、南パールスにおける油田・ガス田の開発に大きな影響力を持つこととなった。

 制裁発動前後にトランプ米大統領はイランとの交渉の用意がある旨を公表したが、イラン側はこれを拒否している。ロウハーニー大統領は「話し合いたいというのならば、まずは自分が突き立てたナイフを抜き、しまわねばならない」(8月6日付、IRIB)と米国の核合意離脱と制裁をちらつかせる威圧的な外交を非難し、交渉を拒否した。また、最高指導者ハーメネイー師は、演説及び自身のツイッター(いずれも8月13日付)において、米国の現政権との交渉はしないと明言した。イランにとっては、正式な手順を踏んで締結した核合意を一方的に破棄して理不尽な要求を突き付けられた形であり、従う義理はないという姿勢は当然であろう。そのため、現時点で、イランが米国に阿るような態度をとることはないだろう。

 米ドルによる国際商取引体制の下では、対イラン制裁に従わざるを得ないのが多くの国の現状である。しかし、同時に、トランプ政権後のイランとの付き合い方を見据えた戦略を用意しておくことも重要となる。イランは約8000万の人口を抱える中東有数の巨大市場であり、多様な産業構造を持つ資源大国である。現に、2015年の制裁の部分的解除以降、各国企業が雪崩をうつようにイランへの参入を試みたという事実がある。イラン市場の開放を押しとどめているのは、現状、米国の対イラン制裁のみである。トランプ政権の支持層の分裂などを鑑みるに、同政権解散後に、米国にその意向を継ぐ政権が立つ可能性は高いとはいえない。米国が対イラン政策を転換し、再び市場が開放された際にイランが積極的な取引を結ぶか否かは、制裁発動中の各国の態度にかかっているといっても過言ではない。米国の動きを注視しつつ、イランとの関係を絶たない努力が、今後必要となってくるだろう。

(研究員 近藤 百世)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP