中東かわら版

№45 トルコ:米国によるトルコ閣僚への経済制裁発動とトルコの報復

 8月1日、米国財務省は行政命令(E.O.13818)により、トルコの閣僚2名を米国の経済制裁対象者とすると発表した。同制裁の対象となったのは、スレイマーン・ソイル内務大臣及びアブデュルハミト・ギュル法務大臣の2名で、両氏の米国内の資産凍結及び米国人との取引が禁止された。米財務省外国資産管理局は、ソイル、ギュル両氏を対象とした理由として、トルコ国内で軟禁されているアンドリュー・ブランソン牧師の逮捕・拘束を挙げた。同局は、証拠が不十分であるにもかかわらず牧師を逮捕・拘束したことは深刻な人権侵害にあたり、この件に関しソイル、ギュル両氏は主導的役割を果たしたため制裁に踏み切ったとしている。この発表を受け、トルコリラは急落し、一時対ドルで5.015の最安値を更新した。トルコへの経済制裁実施については、7月26日にトランプ大統領がツイッター上で示唆していた。

 8月3日、シンガポールで開催中のASEAN外相会合に出席したチャウシュオール外相は、米国のポンペオ国務長官と二国間会談を行った。終了後、記者団に対し、同会談が建設的であったとしたうえで、「相互に不信感があるかもしれないが、トルコは常に外交、対話、相互理解によって様々な問題を解決することを望む」と述べた。また、ナウアート米国務省報道官も、両国が抱える諸問題について「建設的な」交渉を行っており、二国間で問題解決に向けた話し合いを継続していくことで合意した、と述べる等、解決に向けた糸口を探っていた。

 しかしながら、エルドアン大統領は、8月4日アンカラで開催された公正発展党(AKP)総本部女性支部通常議会での演説において、トルコも米国に対し同様の報復措置を採ることを明らかにした。トルコ側の制裁対象となるのはジェフ・セッションズ司法長官とライアン・ジンキ内務長官で、エルドアン大統領は、両氏が「トルコに資産を有していれば」凍結するよう指示したことを明らかにした。さらに今般の米国の措置について、「福音主義的、シオニスト的な行為で、政治的・法的な論争が経済面にまで及ぶのは双方にとってマイナスになる。」と米国を牽制した。

 

評価

 今般実施された経済制裁は、国家にではなく、あくまで個人に向けて行われたものである。トランプ大統領は、言うことを聞かないトルコに対し「ジャブ」を出して出方を伺っているようにも思える。また、エルドアン大統領の発言が物語るように、トルコが制裁を実施したところで、米国人閣僚がトルコに多額の資産を有しているとは考えにくい。そういった点において今次制裁による影響は限定的と言えよう。だが、ネガティブなニュースが大々的に流され、リラの下落が止まらない現在の状況は、トルコにとって極めて不利となる。

 トランプ大統領が経済制裁実施に踏み切った背景には、トルコがイランの核合意離脱に同調しなかったこと、ロシア・中国に急接近を図っているトルコの動きを牽制する狙いもあるとみられる。もう一つは、米国内でブランソン牧師の解放を求める世論の高まりと、11月に実施される中間選挙が挙げられよう。

 同牧師の身柄引き渡しをめぐっては、トルコ-米国間での裏取引により解放されるとの見方が米国内で広がっていた。その裏付けとして、2018年6月にイスラエルで拘束されたトルコ国籍のオズカン氏が、約1カ月後に釈放されていることがある。イスラエルに強い影響力を持つ米国が交渉に入る代わりに、トルコもブランソン牧師を解放するとみられていた。だが、エルドアン大統領は、オズカン氏釈放に際し米国の協力があったことは認めたものの、ブランソン牧師の解放という交換条件は付していないと発言、解放に応じず、結果的に米国は顔をつぶされた形となった。

 さらに、トランプ大統領は11月に中間選挙を控えており、支持率獲得に向け国内でアピールする材料を欲している。ブランソン牧師が所属する福音長老派教会(Evangelical Presbyterian Church)はキリスト教プロテスタントの一派である。福音派は、全米のキリスト教徒の中で最大の信徒数を誇り、逮捕直後からブランソン牧師の身柄解放を求めて政府への働きかけを行っている。トランプ政権最大の支持基盤と言っても過言ではなく、トランプ大統領は中間選挙を見据えて強硬策に出たとみられる。

 他方、トルコにとってもブランソン牧師問題は、米国に対する重要な外交カードである。それと同時に、同牧師には、2016年7月のクーデタ未遂事件の首謀者とされるギュレン派との共謀や、反政府勢力のクルディスタン労働者党(PKK)の支援等、エルドアン体制転覆を諮った容疑がかけられている。国家の威信にかかわるだけにトルコも容易に妥協はできず、この問題が長期化する可能性もある。

 経済制裁によってトルコ-米国間の溝が一層深まったことは間違いないが、ともにNATO加盟国で、西側の同盟国でもあることから、解決に向け水面下でぎりぎりの交渉は続くだろう。

 

(研究員 金子 真夕)

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