中東かわら版

№43 イスラエル:国民国家法をめぐるドルーズ派の動向

 

 2018年7月19日にイスラエル国会で可決された国民国家法に対して、国内のドルーズ派のコミュニティーやその支持者からの批判が相次いでいる。22日付けの『Ynetnews』はイスラエル我が家、クラヌ、シオニスト連合の議員が、最高裁判所に国民国家法に対する異議申し立てを行い、書類はドルーズ派の議員が作成したと報じた(8月1日に本申し立ては撤回)。

 

 他方、イスラエル国防軍に属するドルーズ派の将校と予備役将校が、国民国家法への反対として軍からの脱退を表明している。7月25日にAmir Jmall副司令官がフェイスブック上で退役の意思を示した。31日にはShady Zidan将校(23歳)が同様の意思を示した。8月1日には、予備兵の医師Safa Mashur(49歳)が国民国家法に反対した。

 

 また7月28日にはテルアビブのハビマ広場で同法に反対するドルーズ派のコミュニティーに属する700人規模のデモが発生し、8月4日には数万人規模のデモが発生した。

 

 こうした事態に対してシャイフのムアファク・タリフ等のドルーズ派の指導者と議員が8月1日にネタニヤフ首相と会談し、冬季の国会で以下のような法案(通常法)について協議することで合意したと報道されている。ネタニヤフ首相が提示した法案の現時点での要旨は以下の通りである。

 

・法律によりドルーズ派とチェルケス人のコミュニティーの地位を定める。この法律は、ドルーズ派のコミュニティーによる国家建設、セキュリティーの強化、イスラエル社会の平等かつ多様な社会としての形成におけるイスラエル国家への貢献を尊重する。また、コミュニティーの宗教、文化、教育機関への支援を含む。住宅建設、必要であれば新たなコミュニティーの創設、ドルーズ派の地位の保護を含む形でドルーズ派の町や村を強化する。

 

・法律の中で、社会的な平等の実現のために、ドルーズ派を含むすべての宗派のマイノリティー・コミュニティーと国防軍に仕えるコミュニティーが利益を得る権利を定める。

 

・基本法において、国防に携わる者(ドルーズ派を含むすべての宗派とコミュニティー)の貢献を認める。

 

評価

 

 国民国家法が可決された当初、パレスチナ人がイスラエルでさらに疎外されることがアラビア語の報道で大きく報じられたが、国内の少数派までもが同法を批判する事態となった。ドルーズ派はシーア派のイスマーイール派から分派した宗派であり、現在レバノン、シリア、イスラエル(現在約14万人、人口比で1.6%)に約100万人居住している。パレスチナ人とは異なり兵役や警察業務に就いている。人口の大半はイスラエル北部のガリラヤやハイファ、ゴラン高原に住んでいる。なお、イスラエルは1967年の第3次中東戦争でゴラン高原を占領し、1981年に国際社会の承認を得ずに併合したと主張している。『Hamodia』の報道によれば、1948年の建国当初は14000人だったが、1981年の併合を受けて人口が急増した。

 

 一般のドルーズ派が国民国家法に反対する理由は、同法が国内のイスラム教徒やキリスト教徒を含めたイスラエル人ではなく、ユダヤ人(=ユダヤ教徒)のためのイスラエル国家を規定したことにあるだろう。建国後のイスラエルで生まれた者であれば、自己のアイデンティティーはイスラエル人に傾く向きが強いと思われる。その一方で、国民国家法ではユダヤ教を切り口に人民が規定されている。そのため、同法がユダヤ人以外の主体が覚えるイスラエルへの帰属意識を裏切る形になっている。

 

 その一方で、国会では国民国家法に反対するアラブ系の議員、ドルーズ派、シオニスト連合、民主主義を主張するシオニスト議員の間で連携が呼びかけられている模様である。これは国会内に限定された一時的な動き、あるいはパフォーマンスかもしれないが、政府と対極を成す形で各勢力が世俗的に振舞っている点で興味深い。

 

 他方、軍内部のドルーズ派が、国民国家法の可決を受けてイスラエル社会からの疎外や2級市民としての扱いを感じて退役を表明したことは、一般的には世俗的な組織として運営され、政治的な議論から距離を置く筈の軍の性質を変え得る出来事である。ネタニヤフ首相は軍と政治の距離を取るために、上記の案を提示したのだろう。その趣旨は、国防に携わる者が属する宗派やコミュニティーに対する利益分配である。しかし、ユダヤ人以外の主体が利益分配の対象になるとはいえ、ユダヤ人以外の主体が国民国家法でユダヤ人に定められる権利と同等の権利を行使することを法的に定める、あるいは国民国家法を修正する動きをネタニヤフ首相は見せていない。このことは、ネタニヤフ首相が率いる現政権が、イスラエルはユダヤ人のための国家であるとの立場を取っていると同時に、上記の案ではドルーズ派の不満が解消されないことを意味している。

 

(研究員 西舘 康平)

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