中東かわら版

№40 イスラエル:国会が国民国家法案を可決

 

 7月19日、イスラエル国会が国民国家法案(Nation-State Bill)を賛成63票、反対55票で可決した。今回の法案では要旨以下の事柄がされている。 

・イスラエル国家は、ユダヤ人のための民族的郷土である。

・エルサレムはイスラエル国家の首都である。

・ヘブライ語は国語である。アラビア語は国内で特別の地位(special standing)を占める。

・国家は、亡命ユダヤ人を集め、イスラエル領内においてユダヤ人の入植地(の建設)を推進するのに働きかけ、彼らの目的のために資源を配分する。

・国家は、ディアスポラ(イスラエル、パレスチナ外に住むユダヤ人の集団)におけるイスラエルとユダヤ人との関係強化に取り組む。

・ユダヤ人はユダヤ人の特別の権利として祖国に関する自決権を持つ。

・国家は、ユダヤ人入植地を国民的価値とみなし、この利益を促進、開発、実施する措置を取る(この表現は、ネタニヤフ首相が15日にベネット教育相と協議して修正したもの。修正前は、「イスラエル居住者は、その宗教と民族に関係なく、自己の文化、遺産、言語、アイデンティティーの保存を求める権利を有する」、「国家は、単一の民族と民族を擁するコミュニティーに対して、コミュニティーの独立した入植地の建設を許可する」だった)。

 

評価

 

 今般の法案は、ユダヤ人を優遇し、非ユダヤ人とされるパレスチナ人が冷遇される趣旨であり、ネタニヤフ首相率いるリクードの見解が反映されていると見られる。元々イスラエルに住むパレスチナ人は社会的、政治的に疎外されてきたが、ユダヤ人の民族自決権、入植地建設の推進、ヘブライ語の国語化が制度化されたことで、この傾向は今後さらに推進されるだろう。

 

 他方、今回の法案において、イスラエル国内に居住するユダヤ人と離散したユダヤ人の表記が共に「the Jewish People」とあることから、「誰がユダヤ人か」という問いに対する現政府の認識が伺える点は注目に値する。離散したユダヤ人は世代交代を繰り返しながら世界各地に住んでおり国籍、言語、身体的特徴の点で異なる。そのため、現在イスラエルに住むユダヤ人と今もディアスポラにあるユダヤ人が法案中で同義に扱われていることは、政府がユダヤ人=ユダヤ教徒との認識を持っていることを意味する。

 

 さらに、このように民族が宗教的な面から強調されていくことで、今後、イスラエル社会においてユダヤ教徒でありながらその慣習や教義から外れる者はユダヤ人なのか、あるいは、パレスチナ人でありながらユダヤ教徒に改宗した者はユダヤ人なのかという問題が政治の場で大きな議論へと発展していく可能性も生まれる。そのためネタニヤフ政権は、こうした認識を崩さずに今後政策を進めていく必要があるだろう。

 

 また、こうした議論が今後展開されていけば、たとえユダヤ人を優遇する法案であっても、その是非をめぐりイスラエルの社会が意思を示していくことになるだろう。14日にこの法案に反対する進歩派のユダヤ人グループ、野党、LGBT活動家、左派のNGOを主体とするデモがテルアビブで発生したことは、その一例と考えられる。

 

(研究員 西舘 康平)

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