中東かわら版

№39 シリア:ホワイトヘルメットの末路

 2018年7月15日、アメリカのCNNは複数の外交筋などの話を基に、アメリカをはじめとする各国が、シリアの戦地で活動する救護団体とされる「ホワイトヘルメット(正式名称:シリア・シビル・ディフェンス)」の構成員とその家族らをシリアから脱出させ、各国が引き取るための協議を始めたとして要旨以下の通り報じた。

  • およそ1000人のホワイト・ヘルメットの構成員と彼らの家族について、シリアから脱出させる計画が必要である。彼らはシリアを脱出した後、複数の国に再定住することになるが、アメリカ、イギリス、フランス、カナダが候補地である。
  • 消息筋によると、ドイツからもなにがしかの助力が得られることが期待されている。
  • この問題は、トランプ大統領が7月のNATO首脳会議の際に提起し、首脳会議の期間中にアメリカとイギリスとの間で若干の協議が行われた。西側諸国はアメリカに対し、イスラエルとヨルダンに脱出経路を確保するよう働きかけるよう勧めた。
  • シリア政府とロシア政府は、ホワイトヘルメットをテロ組織とみなしているため、本件についての助力は期待できない。
  • 西側諸国は脱出のために複数の選択肢を検討しているが、いずれも困難で、交渉は重要局面に達している。

 

評価

 現在のシリアの戦況は、政府軍が着実にイスラーム過激派諸派が占拠した地域を奪回し、シリア南西部のダラア県において県の大半を解放した。このことは、ダマスカスと、レバノンのベイルートをヨルダン、アラビア半島へと結ぶ街道を政府軍が制圧したことを意味する。今後は、ダマスカスとアレッポとを結ぶ幹線道路の制圧が焦点となると思われるが、この道路が通過するイドリブ県こそが、ホワイトヘルメットが最も活発に活動している地域である。

 ホワイトヘルメットは、政府軍の砲撃・爆撃、そして化学兵器使用疑惑について、現場での救助風景を国際的に広く発信し、大きな反響を呼んできた。そうした活動に対する国際的な評価は高く、一時はホワイトヘルメットがノーベル賞の受賞候補に挙げられたほどである。その一方で、彼らがイドリブ県で活動を行うには、同地を占拠しているイスラーム過激派諸派、特にヌスラ戦線(シリアにおけるアル=カーイダ。現在は「シャーム解放機構」との名称で活動している)の許可、保護が必要であり、この点がシリア政府やロシア政府がホワイトヘルメットをテロリスト視する理由となっている。実際、ホワイトヘルメットの存在と活動はヌスラ戦線の広報で利用されている。また、イドリブ県では過去数年、イスラーム過激派諸派などが資金源として臓器売買に従事しているとの情報が取りざたされているが、ホワイトヘルメットをはじめイドリブ県で活動する医療・人権団体はこの件についてほぼ沈黙している。

 彼らを引き取る方針である欧米諸国についても、ひところよりは減少したとはいえ、依然として多数のシリア人がEU諸国での居住を目指して密航を試みる中、ホワイトヘルメットの構成員とその家族を、他の移民・難民から特別扱いして救助する形となった。今後それが実現するのならば、もともとの意図や活動の実態はさておき、欧米諸国がホワイトヘルメットを利用してシリア紛争に介入したが故に、EU諸国が抱える移民・難民問題についての議論や制約を飛び越して彼らを保護することになったとみなすことができよう。

 シリア紛争の軍事的な帰趨の見通しがはっきりした中、ホワイトヘルメットは本来彼らが救助するはずのシリアの民間人をあとに残し、欧米諸国の手引きで脱出する末路をたどることとなりそうだ。

(主席研究員 髙岡 豊)

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