中東かわら版

№25 シリア:「イスラーム国」構成員の身勝手な主張

 2018年5月29日、『シャルク・ル・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、ドイツのテレビ番組を基に、シリア北部でYPG(人民保護部隊。クルド勢力の民兵)が運営する刑務所に収監された「イスラーム国」の構成員容疑者の女性2人の発言を要旨以下の通り報じた。なお、取材の対象となったのは収監されている女性40人のうち、マルファ・アイディーン(ハンブルグ出身)とサンドラ・マーイル(ミュンヘン出身)である。

 

  • 両名とも、「イスラーム国」の戦闘員に同伴したことを認めたが、テロ組織の活動に参加したことは否定した。いずれも、家事や育児に専念していたと述べた。
  • マーイルは、できるだけ早くドイツに帰国することと、彼女の子供たちが静かでより良い暮らしをすることを希望すると述べた。また、夫とともにラッカで暮らしていた時期、その生活は完全に「イスラーム国」と一体化しており、生活は「美しかった」と述べた。彼女が「イスラーム国」を離れてドイツに帰国したいと望むようになったのは、ラッカにあった裁判所庁舎が爆撃により損傷してからである。
  • アイディーンも、(「イスラーム国」の下での)結婚生活を「幸福だった」と述べた。彼女は、男友達のビラールとともに2014年に「イスラーム国」に合流し、シリアで同人と結婚した。その後、長男「ユースフ」を出産し、次男「イリヤース」はビラールが死亡して間もなく出産した。彼女は、自宅の外であった惨事を知らないと主張し、夫の死後自発的に「イスラーム国」に背を向けたと強調した。また、アイディーンは、あらゆる人間は「第二の機会」に裨益する権利があり、ドイツ政府は自分たちにその機会を与えていないと述べた。

 

 ドイツの検察当局は、「イスラーム国」の女性構成員による、同派のテロリズム・イデオロギーを放棄したとの主張を疑っており、彼女らの帰国を拒否している。そして、何においても、「イスラーム国」の女性構成員が(ドイツに戻る前に)シリアとイラクで「イスラーム国」のために果たした役割を解明することを望んでいる。なお、ドイツの検察は、物証が乏しいため、「イスラーム国」の女性構成員がドイツに戻った後、彼女らを逮捕する可能性に懐疑的である。ドイツの治安当局は、「イスラーム国」の下で戦闘に参加していないと主張する者がテロリストとしてドイツに戻って来ることを恐れている。

 

評価

 欧米諸国出身者の「イスラーム国」の構成員で、既に帰国した者、或いはイラクやシリアで当局にとらわれた者は通常、(破壊・殺戮・略奪などの)同派の活動を知らない、それに参加していないと主張することや、「イスラーム国」から自発的に離れたと主張する。帰還者や収監者への取り調べや取材では、ほぼ同一の画一的な証言と主張しか見られないため、「イスラーム国」の構成員の間で責任逃れ、訴追逃れに役立つ振る舞いについての情報交換が進んでいることや、「責任逃れマニュアル」に類する行動指針のようなものがあることも考えられる。また、今般の証言した者たちが「イスラーム国」に合流した時点では、既に同派による残虐行為や略奪は同派自身の広報によって広く知られており、彼女らが「イスラーム国」の行動を全く知らない、全く参加していないと主張することの説得力は乏しい。特に、「イスラーム国」はその存在や構成員の生活そのものが、イラクやシリアの人民に対する破壊・殺戮・略奪を前提としていたものであるため、この点について何の反省もなく自分たちだけ「やり直しの機会がある」、「平穏でよりよい生活を送りたい」と主張するのは、なんとも身勝手に見える。

 一方、彼女らを送り出した欧米諸国(この場合はドイツ)の当局は、物証や容疑事実の乏しさから「イスラーム国」からの帰還者を訴追・懲罰する能力を欠いている。このため、各国の当局は時折自ら捜査員を派遣してイラクやシリアで収監されている者の聴取をすることがあるものの、収監者の引き受けや帰国を拒み、取り調べや処罰は地元の当局に任せている。紛争下のシリアにおける政府や武装勢力による取り調べや処罰は言うまでもなく、イラクにおいても訴訟手続きや処罰の内容(特に死刑)は欧米諸国や人権団体から批判を受けることが多い。にもかかわらず、自国民の「イスラーム国」構成員の処罰をイラクやシリアに任せることは、欧米諸国をはじめとする世界各国が、「イスラーム国」による広報や勧誘・教化・送り出しの取り締まりを怠ったことと合わせ、「イスラーム国」による害悪とその後始末をイラクやシリアに任せきりにするという意味で、やはり無責任なものと言わざるを得ない。

(主席研究員 髙岡 豊)

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