中東かわら版

№18 イスラエル・パレスチナ:米大使館移転をめぐる国際社会の動き

 5月14日、エルサレムへの米国大使館移設の開設式が行われた。アメリカからサリバン国務副長官、クシュナー上級顧問、イヴァンカ大統領補佐官、ムニューシン財務長官が参加した。トランプ大統領は式に参加しなかった。

 『ハアレツ紙』が報じたところ、開設式に参加しなかった大使は、86カ国中54カ国に上る。欠席した国はオーストリア、ハンガリー、ルーマニア、チェコを除くEU諸国、およびロシア、エジプト、インド、日本、メキシコ、アンゴラ、カメルーンなどである。

 開設式に伴うパレスチナ側の行進に関して、『ハヤート紙』(汎アラブ紙)は、パレスチナ人が53名死亡、約2300人が負傷したことを「黒い火曜日の虐殺」と題して報じ、イスラエル軍は催涙弾や実弾を境界フェンス付近のキャンプに対して発射したと伝えた。また、イスラエル空軍が「ここ数時間にハマースが犯した暴力行為への対応」として、ガザ地区北部にあるハマースの軍事訓練キャンプでテロリスト5名を爆撃したと伝えている。

 こうした事態に対してエジプト、トルコ、サウジアラビア、ヨルダン、モロッコ、イラン等が米大使館移転ならびにイスラエルによってパレスチナ人が殺されたことを非難する声明を発出した。他方、国連のクウェイト代表部が安保理緊急会議の開催を要請しており、我々からの反応があるだろうと述べている。またアラブ連盟やイスラーム協力機構も同様の立場を取っており、前者は今週18日に緊急会議の開催を予定している。さらにエジプトのアズハル機関がアメリカを非難する声明を出している。

 その他ヨーロッパ諸国、ロシアなども同様で、死者の発生と米大使館移転を挙げてアメリカを非難、またはイスラエルとアメリカの行動に懸念を示す声明を出している。

 また13日、アル=カーイダのアイマン・ザワーヒリーの名義で「勝利するウンマへの簡潔なメッセージ、テルアビブもまたムスリムの土地である」という短い全ムスリムに充てた音声ファイルが出回った。その要点は、国連に加盟するイスラーム世界の国々は、国連憲章に調印することでイスラエルを承認していると非難し、アメリカへのジハードを呼びかけるものだ。

 

評価

 

 米大使館の移転とパレスチナ人の抗議活動をめぐっては、アラブ諸国や国際社会からアメリカやイスラエルを批判したり懸念を示す反応があった。その一方で、大使館移転の開設式や大使館移転そのものを中止、延期させるような影響力を持つ主体はいなかった。同様のことがイスラーム過激派にも言え、アル=カーイダやターリバーンが広報活動上、米大使館移転を糾弾してはいるが、具体的な戦果を上げたわけではない。

 パレスチナ人の死者や負傷者の多さは、国際社会がパレスチナ問題に反応する基準になっているが、今般も同様のことが起きている。こうした動きは、国際社会がパレスチナ問題への関心を高めているように見える一方で、具体的な行動が伴わない点において、パレスチナ問題の解決に向けて具体的な負担を背負わない/背負えないという国際社会の冷淡さを示している。

 他方、死傷者の数が関心の的になる原因は、アラブ諸国やパレスチナ側にもあるだろう。今回の米大使館移転について、アラブ諸国の報道では「虐殺」という表現が多いように見受けられる。こうした表現は、パレスチナ人の困窮を訴える上では有効だろうが、裏を返せば、パレスチナ人がイスラエルによって殺されなければパレスチナ問題に取り組めない、という報道姿勢を示してもいるだろう。

 同じことがパレスチナ側にも言えるだろう。境界付近の行進を組織してきた「帰還の大行進とフェンス突破のための最高民族機構」(ハマース主導)は、行進を継続すると主張しており、今日5月15日を「殉教者の哀悼の日」と位置付けて、これへの参加を呼び掛けている。だがその一方で、アメリカ政府とトランプ大統領が百万人の行進で流れた血の責任者であり、この流血が我々の行進への意思を大きくするだけだと主張する。つまり、行進の組織側も、自派の行為を正当化する上でイスラエルによって殺されるパレスチナ人に依存している。死者に依存する点で、同派も国際社会やアラブ諸国と大差のない立場にあると言えるだろう。

 

(研究員 西舘 康平)

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