中東かわら版

№17 イラク:国会議員選挙の実施

 2018年5月12日、イラクで国会議員選挙が行われた。選挙の概要と、主な党派の獲得議席数の見通しは以下の通り。

 

l  任期は4年。定数は329議席で、このうち9議席はキリスト教徒やヤジーディー信徒などの宗教的少数派のための議席。また、83議席は女性の議席。

l  有権者はおよそ2450万人。21カ国で約100万人が在外投票を行った。

l  投票率は44.52%で、60%に達した前回(2014年)を大きく下回った。

l  アバーディー首相が率いる「勝利」リストが約60議席を獲得し、第一党になる見通し。第二党は、51議席を獲得する見通しの、サドル派と共産党などの連合である「改革へと進む者たち」リスト。「イスラーム国」との戦闘の際動員されたシーア派民兵「人民動員」の幹部であるハーディー・アーミリー(バドル機構)が代表を務める「解放」リストが30議席程度を獲得する見通し。

l  マーリキー前首相が率いる「法治国家連合」、アンマール・ハキーム氏が率いる「ヒクマ」リストは議席を減らす模様。

 

評価

 イラクでは、既存の政治勢力・政治家による汚職が問題視され、政治不信が深刻化していた。投票率が大幅に低下したのは、有権者、特に若年層の政治不信を反映しているものと思われる。「愛国連合」を率いて選挙に参加したアッラーウィー元首相は、低投票率を理由に今般の結果を破棄し、改めて選挙を実施するための選挙管理内閣を樹立するよう呼びかけた。また、キルクークとクルド地区では、クルディスタン愛国者同盟(PUK)が大規模な不正を行ったとの非難の声が上がり、クルドの政治勢力の一部が選挙結果を承認しないと発表した。

 選挙のやり直しや選挙結果の破棄の呼びかけが現実のものとなる確率は低いが、公式結果が発表され、選挙結果を反映した議会や政府が発足するまでには時間がかかると思われる。これは、イラクにおいては選挙で第一党の座を獲得した党派・リストから首班指名がなされるのではなく、選挙後に形成される会派のうちの最大会派から首班指名がされることに起因する。すなわち、選挙運動の時点では票を獲得するのに最も有利な連合(リスト)が形成され、各リストは政治的権益配分の単位としての宗派・民族を単位に選挙運動を行うのだが、選挙後は各々の政治家や党派の利害関係を基に、リストとは異なる会派が結成されるのである。この会派は、議員の任期の間、自在に組み替えられる。

 以上のような制度・慣行に基づいて選挙運動や会派の形成がなされるため、イラクの政治家や党派には選挙の時点で第一党の座を得るための地域や宗派・民族を横断するような連合を形成するメリットはない。そして、選挙後の会派形成の段階で多数派を形成することがより重要になるので、選挙の時点での連合や同盟、リストは容易に解体・再編されうる。政治的権益配分の単位としての宗派・民族に沿った選挙運動が行われることは、有権者の意識のレベルで社会的な亀裂を深めることにつながる。また、それ以上に、選挙の時点での連合・リストがその後の会派形成でほとんど意味をなさないことは、有権者の意志が軽んじられることにもつながる重大な問題である。個々の政治家の不正や汚職と並び、選挙制度や議会運営の中での諸党派の振る舞いも政治不信を深刻化させる要因である。

(主席研究員 髙岡 豊)

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