中東かわら版

№14 レバノン:国会議員選挙の実施

 2018年5月6日、レバノンで9年ぶりに国会議員選挙(定数128)が行われ、7日夕刻に大勢が判明した。レバノンの国会は本来4年任期であるが、政情の混乱や諸党派の対立によりこれまで改選ができなかった。選挙は前回(2009年)までの大選挙区制・複数記入制から、15選挙区での比例制に制度が変更して実施された。レバノンの政治制度の下では、「個々の政党」、「選挙の際に組まれる選挙連合」、「選挙後の議会で編成される会派」がそれぞれ別物であり、候補者の当落の情報はその後の院内構成や政治情勢を正確に反映するわけではないが、『ハヤート』、『シャルク・ル・アウサト』(ともにサウジ資本の汎アラブ紙)によると選挙結果の注目点は以下の通り。

l  投票率は全体で50%に達しなかった模様。最も低かったのはベイルート1区の33.18%、高かったのはサイダ区の60%。

l  ヒズブッラーと同党と同盟する諸派が70議席以上を獲得する見通し。ヒズブッラーとアマル運動のシーア派の2党派は、シーア派に配分された27議席中26議席を獲得した上、スンナ派、ドルーズ派、キリスト教徒から両党と提携する候補者5人が当選した。ヒズブッラーが主導する「3月8日勢力」は総定数の3分の1以上を確保したが、これは大統領選出など国家の重要事項の議決(3分の2の賛成が必要)を阻止できることを意味する。

l  ハリーリー首相が率いるムスタクバル運動からの当選者は、前回の33人から21人に減少した。

l  レバノン軍団(サミール・ジャアジャア党首)からは14~16人が当選する模様。議員10人以上で法案の提出や憲法裁判所への提訴が可能となるため、同党の発言力が強まることが予想される。

l  アウン大統領の出身母体である自由国民潮流からは、20人程度が当選する見通し。提携する議員らも合わせると、院内会派の規模は29人に達するものとみられる。

l  現在の内閣に参加していないカターイブ党からの当選者は、前回の5人から3人に減少した。

 

評価

 今般の選挙は、2016年秋のアウン大統領の就任、同年末のハリーリー内閣の組閣に連なる、レバノンの立法府、行政府の政治的空白を解消する歩みの最終段階の一部と位置付けれられる。選挙では比例制の導入や選挙区の区割り変更などが原因で、事前にヒズブッラーと同党と連携する諸派の議席増と、ムスタクバル運動の議席減が予想されていた。ただし、大統領、首相、国会議長などの国家の役職や国会の議席を宗派ごとに分配し、それを各地に割拠する名望家や政治勢力が分け合っているレバノンの政治体制下では、選挙ごとの議席の変動が政府の立場や政策にどの程度反映されるかは定かでない。ヒズブッラーなどの諸派が重要な議決への拒否権を意味する3分の1を確保したとしても、ヒズブッラーと対立するムスタクバル運動などの諸派も院内会派の形成の過程でやはり3分の1の議席を確保する可能性が高い。今後選挙結果を反映した新内閣が組閣されることになろうが、当面は現在と同様の「挙国一致」内閣の実現が追求されるであろう。

 また、今般の選挙ではシリア寄りの議員の当選・復活も目立ったようであるが、平時においてもシリアとの歴史的な結びつきが強いレバノンにおいて、シリア側の政権がどのようなものであれシリアとの関係をないがしろにしては政治の運営は難しい。特に、シリア紛争以来レバノンはシリアからの難民の流入に伴う負担に苦しんでおり、彼らを迅速に帰還させることは、レバノンの政治勢力にとって党派を超えた重要目標であろう。この点に鑑みれば、レバノンの議会や政府の中でシリア政府と協議・連携が可能な議員・会派、閣僚が活動することはむしろ不可欠ともいえる。

(主席研究員 髙岡 豊)

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