№4 エジプト:スーダンでルネッサンスダムをめぐる閣僚級会合実施
4月4日から5日にかけて、スーダンの首都ハルツームにて、エチオピアで建設が進められているグランド・エチオピアン・ルネッサンスダムの交渉についてエジプト、スーダン、エチオピアの閣僚級会合が行われた。今回の会合は、1月に実施された3カ国の首脳会合を受けて、水資源相、外相、諜報機関のトップが集まり行われた(1月の首脳会合の詳細は「エジプト:スーダン、エチオピアとの首脳会合」『中東かわら版』No.165(2018年2月6日))。会合の主な争点はダムの貯水、稼働の方法に加え、コンサルタント会社がダムの下流への影響評価を始めるために作成した着工報告書の内容だった。
当初の予定では、1月の3カ国首脳会合から1カ月後に、今回の閣僚級会合が行われることになっていたが、2月にエチオピアのディサリン首相が辞任を発表したことで会合は延期されていた。今後の交渉に関しては、以下の点が発表された。①水資源省を中心に技術的な交渉を行っていき、必要であれば外務省と諜報機関が交渉に関与する。②5月4日までに、新たな閣僚級会合を実施し、技術面での交渉の停滞の問題を終わらせる。③また、貿易と輸送網のためのインフラ開発基金の設置を実行が発表された。
評価
今回の会合を通じて3カ国は具体的な合意に至らなかったが、交渉を取り巻く状況に次のような変化が生じた。2017年11月に行われた閣僚級会合では、上記の着工報告書の内容にスーダンとエチオピアが合意せず、これを機に交渉が停止してきたが、今回の会合ではスーダンがこの報告書に合意を示した。またエジプトの水資源・灌漑省報道官は、治安や国境管理をめぐる関係の強化も今回の会合の中で協議されると発表している。域内の治安や国境の問題に対応する動きが、ダムの交渉と表立って関連付けられたことも、新たな状況として挙げられよう。
首脳会合が行われた1月から今回の会合までを振り返ってみると、ルネッサンスダムをめぐる交渉の駆け引きが、エジプトとスーダン間の国境管理をめぐる会合と並行していたといえる。これらの会合では、テロ対策に関連する国境を越えた人身売買、武器の密輸、麻薬取引の阻止が主題となった。両国は2017年8月の時点で、すでに国防省、諜報機関の間で同種の協議を行っており、10月には情報交換や合同軍事委員会の設置に合意していたが、治安上の協力はダムの建設交渉と明確に関連付けられてはいなかった。
こうした動向の延長として、2月8日から9日にかけて、エジプトとスーダンの外相と諜報機関トップによる会合が実施された。また3月8日、スーダンは駐カイロ・スーダン大使を通じて、テロリストの移動の抑制を目的に、両国の国境沿いに合同軍を設置することをエジプト政府に提案している。
他方、3月9日、アラブ連盟外相サミットの折にエジプトとスーダンの外相がルネッサンスダムの交渉と南スーダン情勢を合わせて協議している。南スーダン情勢が両国の会合の議題に上った背景には、米国のテロ支援国家リストからの除外、米国との関係正常化を意図して昨年の11月から米国と対話に臨んでいるスーダンへのエジプトの助力があると思われる。エジプトは今年の2月、南スーダンへの支援を申し出ており、昨年の11月にはスーダン人民解放軍内の対立の仲介を行っている。なお、こうした動きに対してアメリカもダムの交渉に関心を示している模様である。
ダムの交渉に対する政治的な働きかけは、地域諸国の治安上の協力という形で具体化している。エジプトはこの動きを梃子にして、スーダンを取り込むことにある程度成功している。だが、大局的にみれば、この動きがエジプトにとって本命のダムの交渉に大きく影響するかは疑問である。その理由はエチオピアはエジプトとの治安上の協力に応えない一方で、エリトリアとの国境等に関してスーダンとのみ治安協力を進めているからである。エチオピアは、地域の治安問題を重視する一方で、この問題をダム建設の交渉の材料として使うことで、どのような影響が生まれるかを懸念していると思われる。このことは、水資源省による技術面での協議を、今後のダム建設の交渉の中心に据えていく動きにも示されていると考えられる。
とはいえ、ダム建設の交渉は今後も地域の治安問題と結びつけられるだろう。エジプトにとって最大の目的は、ナイル川の既得権に対するダムの影響を最大限減らすことであるが、これを達成するためにエチオピアを取り込む方策は、今のところないように思われる。
(研究員 西舘 康平)
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