中東かわら版

№90 イエメン:フーシー派とサーリフ元大統領派との対立が激化

 イエメン紛争の当事者の中で、同盟関係にあると思われてきたフーシー派とサーリフ元大統領派との対立が激化した。両派は、26日夜~27日朝にかけてサナア市内で交戦し、サーリフ元大統領派の高位の将官1人、フーシー派の戦闘員2人が死亡した。その後戦闘は発生せず、両派の代表らが調停委員会を編成した模様であるが、29日付『ハヤート』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)が、フーシー派がサーリフ元大統領を自宅に軟禁したと報じるなど、状況は緊迫している。

 両派の対立が高じた直接的なきっかけは、サーリフ元大統領がフーシー派の武装勢力を「民兵」と呼んだことに対し、フーシー派が「軍とともに侵略者と戦う者の背中を刺す行為」と反発したことにある。しかし、対立はより深刻で、両派とも相手方が権力機構や経済的な収入源を独占していると非難し合い、双方に相手方との絶縁を求める声が強まっている。

 

評価

 両派の関係が完全に決裂するかは予断を許さないが、完全な決裂は両派を紛争において著しく不利な立場にすると思われる。イエメン紛争については、フーシー派とサーリフ元大統領派の両方を「シーア派」とみなし、両派が宗派的な理由で連合し、「スンナ派」のハーディー前大統領派と抗争しているとの構図が描かれがちである。しかし、フーシー派とサーリフ元大統領派は、サーリフ元大統領が在任中の期間、数度にわたり大規模な軍事衝突を繰り返しており、双方はもともと親密ではない。両派の結びつきは、2011年以降の政治的混乱を受けてイエメンの「政治的移行」が進められる中、新体制で十分な権益が配分されない、或いは既得権益や政治的立場が剥奪されるとの不満・不安が高じたことを重要な要素としている。フーシー派とサーリフ元大統領派との共闘関係は、あくまで政治的権益を確保するための戦術的共闘に過ぎない。

 実際、現在の両派の対立も、政治的立場や経済的権益が背景となっている模様である。個人や政治勢力の宗派的帰属は、その後の思考・行動様式をあらかじめ決定づけるものではない。ましてや、フーシー派やサーリフ元大統領とその親族の宗派的帰属は、シ-ア派の一派とされる「ザイド派」であり、イランの国教と位置付けられる「12イマーム派のシーア派」とは世界観を異にするものである。イエメン紛争は、フーシー派・サーリフ元大統領派を支援するイランと、ハーディー前大統領派に与して参戦したサウジとの代理戦争との色彩を帯びてはいる。しかし、先天的に決まっていることが多い宗派的帰属を紛争の最大の原因と誤認することは、紛争解決を遠のかせるだけである。イエメン紛争の背景にある、同国における政治体制の問題や政治的権益配分に関する不平不満に改めて目を向けるべきであろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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