中東かわら版

№89 「イスラーム国」の生態:「イスラーム国」、資産の持ち出しを急ぐ

  2017年8月25日付『ハヤート』(サウジ資本の汎アラブ紙)は、『フィナンシャルタイムズ』紙の記事を基に、「イスラーム国」がイラクとシリアで占拠した地域で収奪した資産の移転を試みているとして要旨以下の通り報じた。

l  「イスラーム国」は、イラク、シリアで急速に占拠地域を喪失し、ダイル・ザウルでの戦闘も間近となっていることから、略奪品の収集と持ち出しを急いでいる。主な手法は、石油の増産と、地元住民に「イスラーム国」の貴金属貨幣の使用と、他の貨幣との間の不公正な比率での両替を強制していることである。

l  「イスラーム国」は、なるべく多額のドルを集め、それを闇ルートを通じて持ち出し、両替したり、投資したりしている。「イスラーム国」は資金の移動や必要な物資の買い付けに「ハワーラ」(注:信用取引の一種で、取引記録を残さずに資金を移動する地下銀行として機能することもある。)を利用している。現在は、占拠した地域よりも安全な場所に資金を送るために「ハワーラ」を活用している。

l  収奪、移転した資産は、イラクで両替所、ホテル、製薬工場、私立病院などに投資されている。これらの「イスラーム国」傘下の企業が、今後イラクに投資される復興資金を悪用しようとするかもしれない。

l  西側の専門家は、「イスラーム国」は占拠していた油田の9割、石油収入の88%を失ったと考えているが、「イスラーム国」は残存の油田から日量2万5000バーレルを生産している。石油密輸のために1台当たり220バーレルの積み込みが可能なタンク車60台にも及ぶ車列が見られることもある。

l  過去6カ月の間、「イスラーム国」はシリア東部の住民に「イスラーム国」の貴金属貨幣の使用強制を許可している。地元の両替商は、毎週「イスラーム国」の経済局にシリア・ポンドやドルの紙幣を貴金属貨幣と交換させられている。交換の比率は、「イスラーム国」が造幣のために貴金属を買い上げた比率よりも高い。

 

評価

 占拠した地域から最大限収奪し、地元の経済開発や再生産に何の配慮もしない点こそが「イスラーム国」による占拠地域での経済運営の特徴である。今般の報道で、収奪が強化され、資産の持ち出しが急がれていると指摘されたことは、まさにこの特徴に合致する。また、イスラーム金融の手法の一つである「ハワーラ」を利用している点も、これまでの「イスラーム国」の行動様式に沿ったものである。

 その一方で、「不信仰な」経済体制からの離脱を標榜して導入したはずの貴金属貨幣が、占拠地域の住民からドルなどを巻き上げる手段として用いられている模様である。そのうえ、そうして収奪した資産は「不信仰な」経済体制の下で移転・運用されている。この点は、「イスラーム国」が本来打倒すべき「不信仰な」社会の経済制度や、そうした社会で保障された諸権利に寄生して存在していることを如実に示している。また、貴金属貨幣を収奪に利用することは、「イスラーム国」が常に主張している「イスラーム統治」という理念が、収奪や自己正当化の口実に過ぎないことをも示している。実際、「イスラーム国」は機関誌を通じて不信仰者からはどのような方法でお金を奪ってもよいとの論理を展開しており、今後も一般には違法・不道徳とみなされる手法を最大限動員して資産の収奪・移転・運用を試みるだろう。

 西側諸国は、上記のような手法で移転された「イスラーム国」の資産が、自らに対する「テロ攻撃」の資金源となることを懸念している。しかし、現在最も心配すべきことは、「イスラーム国」に収奪された人々の被害であるし、取り組むべき課題は資産の収奪と移転を阻むことであろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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