中東かわら版

№175 「イスラーム国」の生態:「イスラーム国」の妻子たち#2

 2018年3月13日付『シャルク・ル・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)は、イラクで捕らえられた「イスラーム国」の戦闘員らの妻子を出身国に送還する際の困難について、旧ソ連諸国の事例を基に要旨以下の通り報じた。

 

l  キルギスの外務省は、イラク当局に対しイラクの刑務所にテロリズム犯罪の容疑で収監されているキルギス人3人と彼らの子供たちの消息を照会した。キルギスはイラクに大使館を設置していないため、今般の照会は在クウェイトのキルギス大使館が、同地のイラン領事館にイラク当局宛の消息照会の書簡を託すという手法が取られた。

l  キルギスの当局は、これまでイラクでのキルギス人の裁判について、イラク当局から情報が提供されていないと発表している。消息筋は、ロシアがイラクで殺害されたり逮捕されたりしたキルギスタン人の情報を、キルギスタンの当局に伝えた可能性を指摘した。

l  「イスラーム国」の戦闘員の妻子として、数百人の女性・子供がイラクにとどまっていると考えられており、ロシア連邦チェチェン共和国のカーディロフ大統領の尽力により複数の女性・子供が空路でロシアに送還された。この問題はロシアでは「「イスラーム国」の孤児たち」として知られているが、正確な人数は不明である。バグダートの刑務所の一つにはロシア語を話す女性が22人、その子供たちが49人収監されており、彼らはロシア国籍を持っていると思われる。

l  チェチェン共和国の中東担当特使は、イラクの刑務所にはロシア人女性が36人、その子供65人が収監されていると述べた。ロシア政府は、チェチェン当局の支援により100人以上の女性・子供をイラクとシリアから帰還させた。そのほとんどはチェチェンやダゲスタンとその周辺の出身者だが、カザフスタン、ウズベキスタンの国民も含まれていた。

l  イラクに収監されている女性と14歳以上の子供は、全員テロリズムの罪、密航の罪で告発されることになっており、イラクの裁判所でそれらへの判決が確定しなくては彼らの命運を決することはできない。

 

評価

 今般の報道により、イラクで収監されている「イスラーム国」の外国人構成員とその子弟の消息確認や送還に際してのいくつかの障害が明らかになった。一つは、キルギスの例が示すように、イラクに外交団を派遣していない/できない諸国は、自国民の消息確認にすら困難をきたすということである。この点については、ロシアですらイラクで収監されている自国民の数を正確につかみかねているようであり、情報収集能力が限られている諸国の状況は一層厳しいと思われる。もう一つは、イラク当局による「イスラーム国」構成員に対する訴追・懲罰の方針との関係である。西側諸国の一部は、「イスラーム国」の関係者を自国には送還させず、イラクで訴追させる方針をとっていると思われる(「中東かわら版 2017年92号」参照)。このような対応をとる国が出る原因は、各国が「イスラーム国」の構成員の引き渡しを受けた場合、彼らが現場でどのような犯罪に関与したか捜査や立証が不可能で、彼らの訴追が極めて難しいことにある。その一方で、EU諸国などの国民に対しイラクの裁判所が死刑判決を下し、刑が執行された場合などでは様々な議論を呼ぶこととなろう。

 「イスラーム国」の構成員や関係者が収監されているのはイラクだけでない。シリアでは、シリア政府に限らずクルド勢力などの非国家主体も「イスラーム国」の構成員らを多数収監していると思われるが、これについての情報はほとんど明らかになっていない。収監者の処遇のような人権問題や、「イスラーム国」のような運動が再度流行することを防止するという観点から、イラクやシリアの当局やその他関係する非国家主体をも包括する、「イスラーム国」関係者の訴追や身柄の取り扱いの仕組みを構築する必要があろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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