中東かわら版

№173 シリア:安保理決議2401号と最近の軍事情勢

 「イスラーム国」がほぼ壊滅したのち、シリア紛争の諸当事者は個々の政治・外交・軍事目標を達成するための軍事行動を活発化させた。イドリブ県やダマスカス東郊においてはシリア政府軍とロシア軍が「反体制派」の占拠地域の解放のための攻撃を強化した。また、トルコ軍とその傘下の武装勢力諸派は、アレッポ県北西端のアフリーンへの攻撃を続行した。現在の概況は以下の通り。

 

図:2018年3月1日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

 

オレンジ:クルド勢力

 

青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「シャーム自由人運動」などのイスラーム過激派)

 

黒:「イスラーム国」

 

緑:シリア政府

 

赤:トルコ軍(「反体制派」からなる「ユーフラテスの盾」なる連合が前面に立っているが、実質的にはトルコ軍)

 

赤点線内:「反体制派」(主にアメリカ軍からなる各国の特殊部隊の保護を受けており、実質的にはアメリカ軍)

 

 

 

1.トルコ軍とその傘下の武装勢力諸派は、アフリーン地区を占拠するクルド勢力をPKK(クルディスタン労働者党)と同一のテロ組織であると称して攻撃を続行し、アフリーン地区とトルコとの国境の大方を制圧した。一方、クルド勢力はハサカ県・ダイル・ザウル県方面とアレッポ市からの増援をアフリーンに派遣して対抗した。クルド勢力の兵力移動に伴い、同勢力が占拠していたアレッポ市内の街区に政府軍が進駐し、アレッポ市内の諸街区はすべて政府軍の統制下に入った。また、アフリーン市にはシリア政府傘下の民兵部隊が入ったほか、重要拠点であるタッル・リファアト空港とその周辺に共和国防衛隊が進駐した。

 

2.「反体制派」、「イスラーム国」が占拠していたアブー・ドゥフール以東の諸地域を政府軍が解放した。一方、イドリブ県各所ではシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」を前身とする「シャーム解放機構」と、これと争うイスラーム過激派諸派の連合である「シリア解放戦線」との抗争が激化した。

 

3.ダイル・ザウル県東部では「イスラーム国」とクルド勢力との戦闘が続いた。アメリカが率いる連合軍は「イスラーム国」討伐として空爆を続けているが、連日シリアの民間人に被害が出ている。

 

4.ダマスカス東郊の「東グータ」と呼ばれる一帯の諸都市で、シリア政府軍・ロシア軍による爆撃と地上作戦が激化し、「反体制派」の人権団体や国際的な報道機関による民間人被害や「化学兵器使用」についての情報発信も活発化した。地上作戦の開始に伴い、「反体制派」の占拠地域の一部が解放された。

 

 

 

評価

 

アフリーンでのトルコ軍の活動は、シリア・トルコの国境沿いの地域を制圧することを重視し、アフリーン市などの人口が多い地域への攻撃は激しいものとは言えない。しかし、これはトルコ軍とその傘下の武装勢力諸派が民間人被害の回避に努めているからではないだろう。ここまでの展開を見る限り、トルコの意図するところはトルコ領のクルド人の居住地域と、シリアにおけるクルド勢力の占拠地域とを分断することを重視しているように思われる。また、アフリーン市などに政府軍や親政府部隊が入ったことにより、これと本格的に交戦することは、トルコにとってロシアとの関係悪化という危険を冒すことにつながり、容易には踏み切れないだろう。そのため、トルコ政府首脳の脅迫的な言辞にもかかわらず、トルコ軍とシリア政府軍との交戦は局地的な小競り合いにとどまっている。

 

一方、「シリア紛争を通じてクルド勢力が得た既得権益(特に「自治」につながる政治体制)」を可能な限り解体・剥奪するという点において、トルコ政府とシリア政府との利害は完全に一致している。1月中旬に「アフリーン市へのシリア政府の復帰」についてのシリア政府・ロシアとクルド勢力との交渉が決裂したことを受けて、トルコ軍がアフリーン地区に侵攻した経緯もあることから、トルコ軍がクルド勢力を「適度に」圧迫する中で、クルド勢力の占拠地域や既得権益を徐々に縮小させる流れができつつある。一方、クルド勢力としてはトルコ軍に抵抗して実力を示しつつシリア政府・ロシアと交渉し、手放す権益を最小化することに一定の意義があろう。また、クルド勢力にとっては、マンビジュなど今後争点となりうる他の地域についても、シリア政府の統制を回復させるとの取引をすることにより、トルコの侵攻を抑止することもクルド勢力を保護することもしなかったアメリカに対し圧力をかけたり意趣返しをしたりするという選択肢もありうる。

 ダマスカス東郊での戦闘は、過去数年、ロシアが同地域を占拠する武装勢力に対し「ヌスラ戦線」を退去させることによる和解の実現を目指して交渉を進めていた。しかし、同地域を占拠する「イスラーム軍」などのその他の「反体制派」武装勢力も、程度の差はあれ「ヌスラ戦線」同様イスラーム過激派とみなすべき団体であり、「反体制派」が自発的に「ヌスラ戦線」などを排除する見込みは薄かった。交渉の失敗を受け、ロシア軍も「イスラーム軍」などを見限る形となったことから、ダマスカス東郊への攻撃が激化したとも考えられる。なお、同地域での「停戦」や民間人の退避については、戦闘当事者の双方がこれが実現しないのは敵方のせいであると主張し続けており、民間人被害の回避・軽減のめどはたっていない。こうした状況下で、SNSなどを通じて発信される情報を無批判に事実として受容することは、戦闘の当事者のプロパガンダに迎合することにもなりかねないため、注意を要するだろう。いずれにせよ、事態は「シリア軍・ロシア軍が攻撃をやめさえすれば改善する」ような甘いものとは思われない。

(髙岡主席研究員)

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