№167 イスラエル・レバノン:レバノン沖の天然ガス開発をめぐる対立
レバノンとイスラエルが、両国間の境界線をめぐる対立を深めている。2月9日、レバノン政府は、仏国のトタール、イタリアのEni、ロシアのNovatekとレバノン沖合の2つの鉱区での探査契約を締結した。レバノンは、沖合の排他的経済水域を10ブロックに区分しており、今回の探査の対象となった「ブロック9」は、イスラエルとの境界線付近にある3つの鉱区の内の1つで、レバノン側は同ブロックは完全にレバノン領海内にあるとしているが、イスラエル側は、一部はイスラエル領海だと主張している。レバノンは、2017年1月にレバノン沖合の鉱区の区分を決定した後、資源探査の入札を開始した。イスラエルは、米国や国連を介してレバノンに入札の停止を働きかけ、両者間で間接的な協議が行われたが、合意に至る状況ではない。報道では、レバノンは、2019年半ばまでに試掘を完了し、2021~22年頃には天然ガスの生産開始を計画している。レバノンは、同国のエネルギーを約20年賄う天然ガスが発見されることを期待しているようだ。
2018年1月末、イスラエルのリバーマン国防相は、レバノンがイスラエルとの境界線が未確定の海域でガス探査を開始したことについて扇動的な行為だと非難した。同発言について、レバノンのアウン大統領、ハリーリー首相、ベッリ国会議長などの有力政治家に加えヒズブッラーも強く反発し、イスラエルがレバノンとの境界線付近に建設しているコンクリート製の壁はレバノン領土側に建設されており、同国の主権を侵害する行為であるとの非難を始めた。2月7日、レバノン最高軍事評議会は、レバノン政府軍に対して、両国境界線付近でのイスラエルによる壁建設を阻止するよう命令した。こうした事態を懸念して、米国務省のサターフィールド次官補が、2月はじめにレバノンとイスラエルを訪問して同問題についての仲介作業を行っている。2月15日には、米国のティラーソン国務長官がレバノンを訪問して、同問題を協議している。レバノンもイスラエルも、外交的に問題を解決する姿勢を見せているが、レバノン・イスラエル境界付近での緊張が高まりつつある。
評価
レバノン・イスラエル・シリアの沖合の海底には、天然ガス資源が存在する。この「Levant basin」の開発では、イスラエルがすでに中小のガス田からの天然ガス生産を開始しており、近く巨大ガス田(リバイアサン)からのガス生産を開始する予定である。こうした状況を見ているレバノンが、自国沖での天然ガス開発を進めるのは当然である。他方、レバノンとイスラエルの間では、陸上の国境線が未確定である。両国は、現在の休戦ラインを将来の国境にすることで概ね合意しているようだが、一部地域の境界線ついては対立があり、そこでは時折戦闘が起きている。両国間では、和平交渉が行われておらず、近い将来に国境線が確定する可能性は低い。こうした状況の中で、沖合での天然ガス開発が進められようとしており、海上での境界線をめぐって問題が生まれるかもしれない。イスラエルは、今のところレバノン領海から遠く離れた沖合の海上でガス開発・生産を進めているが、今後レバノン領海付近での開発を開始するかもしれない。そうした状況になれば、イスラエルとレバノンは、何らかの形で国境画定交渉を進めない限り、沖合での天然ガス開発・生産に支障が出ることになるだろう。
天然ガス生産を開始しているイスラエルは、ヒズブッラーなどが稼働中のガス生産インフラを攻撃するリスクに対する警戒を強めている。しかし、イスラエル海軍は小規模な組織で、広い海域を面で防衛する能力はない。そのため独国からガス生産施設防衛のための艦艇(コルベット艦)を購入予定であるが、まだ建造中であり実際の運用開始は2022年頃と予測されている。
(中島主席研究員 中島 勇)
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