№165 エジプト:スーダン、エチオピアとの首脳会談
1月28日、エチオピアの首都アディスアベバで開催された第30回アフリカ連合サミットの折、エジプト、スーダン、エチオピアの首脳が、エチオピアの青ナイル上で建設が進められているGERD(Grand Ethiopian Renaissance Dam)をめぐる交渉について会談した。
昨年の11月から、GERDをめぐる3カ国間の交渉は停止していた。原因は、GERDが青ナイルの下流に位置するスーダンとエジプトへ流れる水量等にどのような影響を与えるか、コンサルタント会社に調査を依頼することに3カ国が合意したものの、影響評価の基準をめぐり意見を対立させたためである。2017年11月、3カ国の閣僚級会合がカイロで開催され、コンサルタント会社が用意した影響評価の基準などを含む報告書の合意が交わされて、調査が開始される筈だった。だが、エチオピアとスーダン側が評価基準値や調査方法の変更を要請し、エジプトがこの要請を拒否したため、交渉は暗礁に乗り上げた
今回の会談において合意された点は、エジプト側とスーダン側の報道によれば以下のとおりである。
・今年の1月14日にエチオピアのディサリン首相がカイロを訪問した際に、エジプトが提案した世界銀行を交渉に参加させる案を破棄する。
・1カ月以内に、未解決の技術的問題の解決策について報告書を作成し、各国の首脳に提出する。
・鉄道や道路、橋といったインフラ事業用の基金を3カ国が同額出資して設置する。
・諸々の問題や情報交換のために治安機関と諜報機関の長官、外務大臣から成る治安・政策委員会を設置する。
・上記の主体に水資源相を加え、政策・技術委員会を設置してGERDの交渉を行っていく。
評価
今回の首脳会談に関して特筆すべきは、交渉を行う主体の変化である。この変化は、GERD建設をめぐる交渉と、その他の案件が、セットで協議されていくことを意味する。GERD建設をめぐる交渉を、域内の諸問題と組み合わせて結果を出そうとする方針は、2014年にシーシー政権が樹立して以降、エジプト外務省の政策指針として、また政府全体のコンセンサスになっていると思われる。
これに対し、スーダンとエチオピアは11月以降、同様の方法で対抗してきた。例えば、2016年4月にエジプトとサウジアラビアが交わしたティーラーン島とサナーフィール島の返還に関する合意が挙げられる。スーダンは、この合意の中で、スーダンとエジプトの国境上に位置するハラーイブ・トライアングル(スーダンとエジプトがそれぞれ領有を主張)が、エジプトの領土とみなされていることを問題視している。スーダンは公式には否定しているが、GERD交渉の場でエジプトに度々提示してきたとされている。
またスーダンは、エジプトが始めたGERD交渉の「国際化」キャンペーンにも対抗した。11月、エジプトの外務省と水資源・灌漑省は、交渉への国際社会の参加を呼びかけた。さらに12月から1月上旬にかけて、同国政府は世界銀行を交渉に参加させることをスーダンとエチオピアに提案した。こうした動きに対し、スーダンは、エジプト・サウジ間の協定を否認する旨、国連に通達することで対抗している。さらに、1月中旬、隣国エリトリアとの国境にエリトリア軍とエジプト軍が展開しているとの報道が出回ったのを機に、エジプトとの間に緊張が高まった。これに乗じてスーダンは、エチオピアと外交上、軍事上の調整を強化している。
こうしたスーダンとエチオピアの対抗は、GERD建設問題において、世界銀行を交渉に参加させるというエジプトの外交手札の破棄を狙ったものと思われる。事実、今回の首脳会談で破棄に成功すると、スーダンは対エジプトの姿勢を軟化させている。会談直後、バシール大統領は、「エジプトとの関係を新たに悪化させるつもりはないが、国益を守るために諸々の選択肢は開かれている」と発言しており、一定の間合いを取りつつ、エジプトとの関係を修正する姿勢を示している。これを受けて、エジプト大統領府は、2月8日にスーダンと、両国外相と諜報機関トップによる2国間会談を実施し、2国間関係を超えない範囲で、域内の問題について協議する旨発表している。
他方、エジプトとエチオピア間の関係でいうと、1月19日、エチオピアのディサリン首相がカイロを訪問し、政治問題や外交政策をめぐる協議の実施について覚書を交わしている。また、ナイル川流域諸国の問題、2国間関係の強化、テロ問題、宗教的な過激化に関する協力についても協議している。エジプトとエチオピアの治安機関や諜報機関もGERD交渉に参加することに鑑みれば、GERD以外の政治的問題が、GERD交渉の中で議題に上る可能性がある。
エジプト側の立場にしてみれば、こうして交渉が政治化する動きは、必ずしも自国に有利に働かないと思われる。現在、エジプトが懸念しているのは、ダムの完工が迫る一方で、時間を要するコンサルタント会社の調査すら始まっていない状況である。エジプトはGERD交渉の「国際化」の手札を撤回する代わりに、首脳レベルで交渉を行う素地を作ったが、これからどのように交渉を動かすかについて、具体的な取り決めを引き出せてはいない。これは、今回の首脳会談で、会見も行われなければ、共同声明も出ていないことに示されている。
むしろ、エジプトは、スーダンとエチオピアの政治的な繋がりを強める働きをしている。このような状況が続く中で、ダム建設をめぐる交渉を意図的に政治化することは、本来、当事者間で行うべきGERDをめぐる技術や制度面の交渉を遅らせる枷となるかもしれず、その枷を負うのは、スーダンとエチオピアではなく、そもそもの交渉で不利な立場に立たされているエジプトとなる可能性が高い。
(研究員 西舘 康平)
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