中東かわら版

№144 「イスラーム国の生態」:武器・弾薬調達の実態

 イギリスの研究機関のConflict Armament Research(CAR)は、EUやドイツ外務省からの資金提供を受け、イラク、シリアで「イスラーム国」が使用した武器・弾薬類の出所について調査を行い、報告書を刊行した。報告書は、「イスラーム国」が使用した武器・弾薬、爆弾などの兵器の原材料、化学物質の調達先にも及ぶ長大なものである。その中で、「イスラーム国」による武器・弾薬の調達の実態について興味深い点は以下の通り。

  •   報告書は、イラク(2014年7月~2017年11月)、シリア(2014年7月~2015年9月)にて行われた調査に基づいている。調査は、イラク政府軍、ペシュメルガ、シリアのクルド勢力の庇護下で行われたため、シリアでの調査地はクルド勢力と「イスラーム国」とが交戦した地域に限られている。
  •   兵器・弾薬のいずれも、中国・ロシア・東欧諸国のような旧共産圏諸国で製造されたものが9割を占めた。「イスラーム国」が広報動画などで多用するアメリカ製の兵器類は現地調査では少数しか発見されず、実戦よりもプロパガンダで使用されているとみられる。
  •   「イスラーム国」はイラク、シリアの両政府の部隊から奪取した武器・弾薬を使用しているが、弾薬は最近生産されたものが恒常的に供給されている。ただし、量・質の面で「イスラーム国」が使用している武器・弾薬類は同派が戦場で奪取できる水準をはるかに上回っている。
  •   アメリカがEU加盟国から購入してシリア紛争の当事者に提供した兵器が、イラクにおいて「イスラーム国」によって使用されている。これらの兵器は、生産者が出荷して2カ月以内に「イスラーム国」の手に渡っている。ヨルダン領、トルコ領から直接「イスラーム国」に兵器が供給されている可能性も排除できない。
  •   アメリカとサウジが対戦車兵器を購入してシリアの反体制派に提供したことが、「イスラーム国」が対戦車兵器を相当数入手することを可能にした。

 

評価

 CARは、「イスラーム国」が台頭したかなり初期の段階から同種の調査を行い、報告書を発表している。2015年以前の戦闘では、「イスラーム国」の使用する弾薬の多くがイラク、シリア両政府軍・治安部隊から奪取したもので、それらは冷戦期に供給されたものだった。一方、今般の報告書では、「イスラーム国」がイラク、シリアの戦場で奪取した弾薬ではなく、外国から武器・弾薬の補給を受け続けていることが強調された。また、報告書はシリアの「反体制派」武装勢力の支援として供給された武器・弾薬が短期間のうちに「イスラーム国」に渡り、イラクで使用されていた事実を指摘した。CARの調査に同行取材したBBCは、2016年末の段階でこの事実を報じている。

 この報告書は、シリアの「反体制派」に提供されたはずの武器・弾薬が「イスラーム国」に渡る件について、複数の次元で問題視している。一つは、アメリカ(軍、国防省、民間企業)、サウジ(国防省など)が東欧のEU加盟国から購入した武器・弾薬を、生産国・企業に申告したエンドユーザーと異なる主体に、しかも生産国・企業に通知や承認を得る作業をすることなくシリアの「反体制派」に送ったという、兵器の流通管理の問題である。もう一つは、アメリカやサウジも「イスラーム国」対策の連合軍としてイラク、シリアでの作戦に様々な形で関与したが、その戦闘の現場で両国が提供した武器・弾薬が「イスラーム国」対策に従事する勢力に向けて使用されたことである。これは、「イスラーム国」対策の一貫性の欠如の問題である。

 イラク、シリアでほぼ駆逐されたとはいえ、「イスラーム国」の問題は今後類似の思考・行動様式を持つ現象の発生と流行を防止する問題として、当分世界的な課題であり続けるだろう。「イスラーム国」が勢力を増した原因を解明し、対策を講じることがこの課題に取り組む上で不可欠であることから、今般の報告書は非常に重要なものといえる。

(イスラーム過激派モニター班)

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