中東かわら版

№137 イスラーム過激派:エルサレム問題への反応

 アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定した問題は、イスラーム過激派諸派を刺激し、アメリカやイスラエルに対する治安上の危険性を高める可能性も指摘されている。12月8日昼(日本時間)の時点での主な反応は以下の通り。

 

シャバーブ:報道官談話を発表。

アル=カーイダ総司令部、アラビア半島のアル=カーイダ、ターリバーン、シャーム解放機構(=ヌスラ戦線)、イスラーム的マグリブのアル=カーイダ、ハサム運動、マアサド・ムジャーヒドゥーン-パレスチナ:声明を発表。

 

 諸派の声明の主な内容は、エルサレムを首都と認定したことへの非難、エルサレムと同地にあるアクサー・モスクへの連帯表明、全世界のムスリムやムジャーヒドゥーンにエルサレムを支援するようにとの呼びかけである。アル=カーイダ総司令部がアメリカとその同盟者の権益をいつでもどこででも攻撃せよと呼びかけた他に、具体的な対象を上げて攻撃を呼びかけたり、実際に攻撃を行ったと主張したのはマアサド・ムジャーヒドゥーン-パレスチナだけである。同派は、パレスチナで小規模な対イスラエル攻撃を行ってきたと主張する団体であるが、過去数年は活動が低迷し、活動実績は乏しい。また、諸派の声明の中では、シャーム解放機構(=ヌスラ戦線)が、アメリカへの非難よりもエルサレム解放を標榜するにもかかわらずシリアのスンナ派諸都市を破壊すると主張してイランに対する非難に労力を割いた。

 

評価

 エルサレムをはじめとするパレスチナでの紛争やイスラエルへの攻撃は、イスラーム過激派の間で関心の高い問題と思われているかもしれない。しかし、実際には近年パレスチナやイスラエルに対する彼らの関心は低下し、実際の攻撃の件数も非常に少ない。現時点でのイスラーム過激派諸派の行動を見る限り、直ちにアメリカやイスラエルへの攻撃が増加する可能性は高くはない。ユダヤ・十字軍に対するジハードを標榜したウサーマ・ビン・ラーディンの流れを汲むアル=カーイダ諸派は広報動画や声明などでエルサレムに言及することはあるが、これらの諸派の活動地はパレスチナから遠いため物理的な攻撃はほとんど行っていない。また、アル=カーイダ諸派によるイスラエル権益への攻撃の事例も近年はほとんどない。2017年9月にはハムザ・ビン・ラーディンがエルサレムに言及する演説を発表しているが、それはシャーム(=シリア)をエルサレムを解放するための拠点にしようとの呼びかけであり、アル=カーイダ諸派の関心がイスラエルやその権益に対する攻撃ではなく、シリア領内に居場所を作ることに置かれていることを象徴している。

 一方、「イスラーム国」は、アブー・ムスアブ・ザルカーウィーがイラクで活動していた2003年ごろから2006年の段階からエルサレムやパレスチナ問題への関心は高くはない。同派は、2015年1月のパリでのユダヤ商店襲撃事件を実施した実績がある。最近では2017年6月にエルサレムで発生した襲撃事件の犯行声明を発表したが、これについてはパレスチナの解放運動であるPFLPとハマースが実行犯は自派の構成員であるとの趣旨の発表をしており、「イスラーム国」の主張の信憑性には疑問符が付く。また、「イスラーム国」はイスラエルに隣接する地域で「シナイ州」が活動しているが、ここでの活動でもイスラエルとの戦闘や対イスラエル攻撃はほとんどない。「イスラーム国」の関心は彼らが「ラーフィダ」と呼ぶシーア派やシリア政府、イランへの攻撃に集中しており、こうした活動はイランやシリア、ヒズブッラーに損害を与えるという意味でアメリカやイスラエルの利益に資するものである。こうした思考・行動様式は、アメリカやイスラエルよりもイランへの非難に力点を置いたシャーム解放機構(=ヌスラ戦線)にも通底する。

 「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派諸派が世界中で資源を調達し紛争地に送り込む能力がある以上、欧米諸国などでイスラエル人やその権益を襲撃することが不可能、或いは著しく困難であるとは限らない。それにもかかわらず、この種の攻撃の件数が多くないことは、イスラエルへの敵意やパレスチナへの連帯・支援がイスラーム過激派にとって広報上の言辞にとどまっていることを意味している。ただし、アメリカがエルサレムをイスラエルの首都と認定したことに対し、広報活動をほとんど行うことができなくなっていたイスラーム的マグリブのアル=カーイダがいち早く反応したように、この問題が世界的な関心を集めたことにより、何らかの行動に出ることが名声や威信の獲得の上で得策と判断されれば、攻撃や広報の中での優先順位が変わることもありうる。今後、イスラーム過激派諸派が実際にアメリカやイスラエルの権益を攻撃する/できるのか、今般の問題を扇動や脅迫にどのように利用するかは、模倣犯や呼応犯の動きにも影響を与えるだろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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