中東かわら版

№134 ヨルダン:イスラエルとの関係悪化が経済関係にも波及

 アンマンにある在ヨルダン・イスラエル大使館は、今年7月下旬から大使及び館員が不在状態になっている。約4カ月を経た現在も、大使館が再開される見通しはない。11月29日、イスラエル政府は、ヨルダンとの関係を改善するため新ヨルダン大使の任命を検討していると報道された。しかし、翌30日、ヨルダン政府筋は、7月に大使館内でヨルダン人家具職人の少年と大家のヨルダン人を射殺したイスラエル人警備員が正当な裁判にかけられない限り、在ヨルダン・イスラエル大使館の再開はないと発言している(事件については「中東かわら版」2017年7月28日;№76 参照 https://www.meij.or.jp/kawara/2017_076.html)。

 こうした中、長引く両国関係の悪化が、両国間の長期的な経済関係に悪影響を与えることへの懸念が強まっている。この点について10月4日の『AP』通信は、イスラエルからの天然ガス輸入計画(2020年に輸入開始予定)やヨルダン人がイスラエル南部のリゾート都市エイラートのホテルで働くことは関係悪化の影響を受けていないが、10月開催予定の水問題セミナーに影響が出ていると報道した。両国間の水事業については、その後10月19日『アルモニター』が、ヨルダン水資源省が、イスラエル・ヨルダン・パレスチナによる「紅海・死海プロジェクト(Red Sea-Dead Sea Water Conveyance Project)」(2015年2月合意;直線距離で約180キロメートル離れた紅海と死海とをパイプライン又はトンネル等により連結し,流域において水力発電及び海水淡水化施設建設を行う計画)に関して、同事業に参加している民間企業に対して、3者による事業ではなく、ヨルダン単独の事業として計画するよう指示したと報道した。11月中旬には、イスラエルのテレビ局『チャンネル10』が、イスラエル当局者の話として、イスラエル政府はヨルダン政府に対して、アンマンのイスラエル大使館が再開されない限り、同プロジェクトは前進しない旨を通達したと報道した。11月末、ヨルダンの水・灌漑相は、イスラエルの水資源相に、イスラエル政府は、まだ「紅海・死海プロジェクト」にコミットしているか確認する書簡を送付したと報道されている。

評価

 水不足は、ヨルダンが長年抱えている問題である。その解決策として「紅海・死海プロジェクト」がある。また同事業は、イスラエル・パレスチナ・ヨルダンの3者による共同事業であり、共通の利益を生み出すことで、地域の政治的安定要素となることが期待されている。このような戦略的な意味を持つ事業が、アンマンのイスラエル大使館内で起きた刑事事件の影響を受けていることだけでも問題であるが、同事件が生んだ問題を解決のための材料として、「紅海・死海プロジェクト」のような戦略事業を利用するような動きが出ていることは、本末転倒の事態である。天然ガスを利用した淡水化プラントの稼働により、イスラエル側の水事情は大幅に改善されている。水事情が逼迫しているのは、ヨルダン側である。しかし、自国民2人を射殺した警備員をネタニヤフ首相が英雄扱いしたことに対するヨルダン側の怒りは、収まる様子はない。双方の妥協点はまだ見つかりそうもないが、両国関係が低迷している現状は、米国が進める中東和平政策にも悪影響を及ぼしかねない。

 

(中島主席研究員 中島 勇)

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