中東かわら版

№116 サウジアラビア:汚職により王族・現職閣僚ら数十人を拘束

 11月4日夜、サウジアラビアで汚職により王族11人、現職閣僚を含む政府高官や企業家数十人(38人という報道もあり)が拘束されたと報道された。報道の数時間前には、ムハンマド・サルマーン皇太子を議長とする汚職対策最高委員会を設立する勅令第38号が発出されており、一斉拘束はこの新設の委員会の決定によるもの。同委員会は捜査や逮捕状の発行、渡航禁止や資産の開示要求・凍結の指示ができるほか、捜査当局や司法機関に付すまであらゆる予防的措置を講じる権限を持つ。

 誰がいかなる容疑により拘束されたかについて公式の発表はないものの、各種報道では、拘束された王族としてアブドゥッラー前国王の息子のムトイブ国家警備隊相とトゥルキー前リヤード州知事、キングダム・ホールディング・カンパニー(KHC)のワリード会長、ファハド・アブドゥッラー元副国防相らが、政府高官としてはファキーフ経済計画相、ハーリド・トゥワイジリー元王宮府長官、アサーフ前財務相、アブドゥッラー・スルターン海軍司令官らの名前が挙げられている。ムトイブ国家警備隊相、ファキーフ経済計画相、スルターン海軍司令官については、汚職対策委員会の発足と同時に発出された勅令(第39-41号)により、拘束の報道に先んじて解任が発表されていた。なお、新たな国家警備隊相にはハーリド・アブドゥルアジーズ・ムハンマド・アイヤーフ・アール=ムクリン国家警備隊連隊担当次官(傍系王族)、経済計画相にはムハンマド・トゥワイジリー副経済計画相、海軍司令官にはファハド・ガフィーリー東部艦隊司令官が就任した。

 

評価

 今回の拘束劇については、大きく分けて二つの見方が各メディアや専門家の間から提示されている。一つは、ムハンマド・サルマーン皇太子が進める改革において、汚職対策を含めた政府の透明化の推進が実質的な意味合いを持つものであることが確認されたという見方である。これまでサウジ政府は、王族であれ閣僚であれ、汚職に手を染めた者については例外なく法により裁かれると主張してきた。これに伴い、汚職対策に関連する様々な機構が設立されてきたものの、政治的に有力な王族や閣僚らが嫌疑の対象とされることは事実上なかった。これは、国内政治の不安定化を避けるために、有力者による不正については意図的に見逃してきたとも言われている。個人の人的ネットワークを行使して利権の分配を図ることは、現地の慣習で必ずしも否定的に見られるものではないことも指摘できよう。また、サウード家による支配そのものが、こうした利権配分によって成立しているという側面もある。

 もっとも、サウジアラビアでは現在サルマーン親子に権限が集中しており、王族や閣僚が持つ力は相対的に低下してきている。今回の拘束についても、既存の法律に則って汚職疑惑を裁くのではなく、ムハンマド・サルマーン皇太子を陣頭に立たせた新たな機関を設立することで、政治的な力によって汚職問題にメスを入れるという手法が用いられている。サウジ政府の支配構造そのものに変化はないものの、今後、一般の王族や閣僚レベルでは捜査の対象から外れることはなくなったと言えるだろう。

 もう一つの見方は、これがムハンマド・サルマーン皇太子の王位継承に向けた、権力基盤の地固めのために行われたというものである。汚職容疑の対象として拘束された王族のうち、ムトイブ国家警備隊相については、サルマーン親子に対抗しうる閣内に残された唯一の王族として見られてきた。アブドゥッラー国王の死去により2015年の1月23日に新国王に就任したサルマーンは、一週間も経たない29日に大規模な内閣改造を行い、アブドゥッラー前国王の息子であるトゥルキーとミシュアルの2人をそれぞれリヤード州知事とマッカ州知事から解任した。また、有力な王位継承候補だったムトイブについても、ムハンマド・ナーイフ内相を副皇太子に任命することで、王位継承路線から外すことに成功した。アブドゥッラーが1963年から司令官を務めていた国家警備隊は、国軍に次ぐ実力組織である。国王に就任したアブドゥッラーは2010年に息子のムトイブに司令官(2013年から省となり、肩書は大臣になる)の座を譲ったが、アブドゥッラー家による国家警備隊の支配は50年以上続いてきたことになる。そのため、サルマーンがムトイブを解任することは、王族内での軍事的対立を招く恐れもあると指摘されてきた経緯がある。今回、汚職疑惑により解任、拘束という決定に至ったのには、サルマーン親子が王族内も含めて国内の権力を掌握していることへの自信の現れだろう。

 また、世界的な大富豪として知られるワリードKHC会長については、メディアの露出は多いものの、政治の中心には関与しておらず、王族内での地位はあまり高くなかった。むしろ政府の政策への反対を公に表明するなど、反政府的な気質を持つ人物であった。もっとも、ワリードはムハンマド・サルマーンが進める経済改革には賛成の意を示しており、サルマーン親子との関係が悪かったわけではない。しかし、彼の経済的な影響力やメディアを通じた発信力の強さが、国内権力の掌握を進めるサルマーン親子にとって好ましいものではなかったと言うことはできよう。

 今回の汚職による拘束が、サウジに長期的な安定をもたらすものであるのか、現時点で判断することは困難である。王族内および閣内での反対派を排除したことは、短期的にはムハンマド・サルマーン体制の安定性をもたらすことになるかもしれない。これまでは、王族間の対立や国内の意見の不一致を政治的に包摂して危機を内部化することにより、路線対立や省庁ポストの利権化は起きるものの、体制の安定性を維持することを優先してきた。現在サルマーン親子が進めていることは、自身の権力を脅かす者を排除し、既存の利権を解体することである。これにより、サルマーン路線に不満を持つ者は政府の外に出ることになり、危機は外部化する。こうした不満分子が政治的な主張を行うためには、非合法な手段に出ざるを得なくなるため、将来的にはサウジアラビアの君主制の基盤を揺るがす方向に作用する恐れがあるだろう。

 

図:サウジ王族家系図

※黄色の枠は存命の人物

出所:筆者作成

(研究員 村上 拓哉)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP