中東かわら版

№112 サウジアラビア:新たな産業都市「NEOM」開発プロジェクトの発表

 10月24日、サウジアラビアのムハンマド・サルマーン皇太子はリヤードで24日から26日に開催された投資フォーラム「未来投資イニシアティブ」において、新たな産業都市「NEOM」の開発プロジェクトを発表した。同都市はエジプト・ヨルダンにも跨るサウジアラビア北西部の紅海・アカバ湾沿岸に建設され、世界経済の中心として貿易やイノベーションのハブとなることが目指される。敷地面積は2万6500平方キロメートル、紅海に浮かぶティーラーン島、サナーフィール島を含む砂漠・山岳地帯に人工都市として新たに街を建設することになる。

 NEOMにおける重点分野として、①エネルギー・水、②モビリティー、③バイオテクノロジー、④食、⑤技術・デジタル科学、⑥先進的製造、⑦メディア・メディア制作、⑧エンターテイメント、⑨NEOMの基盤である生活、の9分野が掲げられている。また、都市開発においては新たな生活様式を最先端のテクノロジーによって実現することが謳われており、消費電力は太陽光や風力など再生可能エネルギーに100%依存、全面的なe-ガバナンスの実現、ネットゼロカーボン・ハウスを標準とする建築、などが生活の基盤となるよう設計される。開発プロジェクトの第一段階は2025年までに完了することが予定されている。

 プロジェクトの開発は新たに設置されたムハンマド・サルマーン皇太子をトップに据える特別機関が監督し、サウジの政府ファンドである公的投資基金(PIF)が操業を行う。NEOMのCEOには、米国のアルミニウム会社であるアルコアの元CEO、クラウス・クラインフェルトが就任した。また、同都市は既存の政府の枠組みから外れて特区として独立し、軍事や外交など主権に関わる法を除き、独自の法律、税金、規則が適用されることになる。

 NEOMの建設はビジョン2030が進める経済多角化の一環として位置づけられており、投資を国内外から惹きつけることを企図している。計画では、サウジ政府、PIF、その他国内外の投資家から5000億ドルの投資を受け入れる見通しを立てている。24日の投資フォーラムに出席した孫正義ソフトバンクグループ社長は、PIFとともに発足させたソフトバンク・ビジョン・ファンドが国営サウジ電力会社の株式を取得し、NEOMに電力を供給することで基本合意に達したと明らかにした。また、トランプ米大統領の娘婿であるクシュナー大統領上級顧問との関係が噂される米ブラック・ストーン社のシュワルツマンCEOは、新都市構想を称賛しこれを支援していく姿勢を表明した。なお、24日の投資フォーラムでムハンマド・サルマーン皇太子が登壇したセッションでは、孫社長、シュワルツマンCEO、クラインフェルトCEO、米ロボット企業ボストン・ダイナミクス社のマーク・レイバートCEOの4人がパネリストとして登壇している。

 

評価

 シナイ半島とアラビア半島を結ぶ橋の建設など、サウジ・エジプト国境付近における開発計画は、2016年にティーラーン島とサナーフィール島の帰属がサウジにあることが確認されて以降(詳細は「サウジアラビア・エジプト:海上国境の画定・二国間を結ぶ橋の建設で合意」『中東かわら版』No.7(2016年4月11日)「エジプト:サウジへの2島引渡し合意を議会が承認」『中東かわら版』No.54(2017年6月16日)などを参照)、議論が活発に進められてきた。プレスリリースでは、NEOMはサウジ、エジプト、ヨルダンの3カ国に跨ると記されているが、NEOMの公式サイトで示されている都市建設予定地の範囲を確認する限りでは、エジプト・ヨルダンの国境内に都市が建設されることにはなっていないように見受けられる。もっとも、同計画は居住規模なども明確にされておらず、今後の計画の進捗次第で増大していく可能性があると表明されているように、敷地範囲も拡大していく可能性はあるだろう。

図:NEOMの位置

出所:Google Mapより筆者作成

 新たな都市開発プロジェクトの長期的な成否については、現時点では見通しは不明である。ムハンマド・サルマーン皇太子が強調したように、現時点で都市建設予定地は人の手がほとんど入っておらず、「真っ白なキャンバス」である。この野心的な試みの成否は、資金が十分に調達できるか、理想的な都市開発が順調に進んでいくかなど、多くの不確定要素に左右されよう。一方で、ソフトバンク、ブラック・ストーンは同事業に深く参入していく姿勢を示しており、企業によっては大きなビジネス・チャンスになると期待もされている。

 もっとも、ビジョン2030に掲げられている目標を2030年までに達成するには、時間が切迫しているように思われる。2025年に完了予定の「第一段階」が具体的に何を意味するかは不明であるが、電気やガス、水道などの基礎インフラが整っていない状況で、一から街づくりをするには8年という時間はあまりに短いと言えるだろう。

 興味深いことに、NEOMは既存の政府の枠組みから外れ、労働法などの法律も独自の法が適用されることが発表されている。これは、サウジ国内の保守勢力による反発を想定して、同都市を一般法の適用外とすることで、迅速な改革を推進するための方策だと考えられる。ムハンマド・サルマーン皇太子は、「ここ(NEOM)は伝統的な人々や伝統的な企業のための場所ではない、世界で夢を見る人たちのための場所になるだろう」と述べるとともに、サウジアラビアが1979年以前の「全ての宗教、世界、そして全ての伝統と人々に開かれた穏健なイスラームに戻る」ことを宣言した。同皇太子によるリベラルな改革は、欧米の価値観に触れた経験のある若年層を中心に歓迎されるだろう。その一方で、先月に発表された女性による自動車運転の解禁に続き(詳細は「サウジアラビア:女性による自動車の運転を解禁」『中東かわら版』No.97(2017年9月27日)、立ち位置の後退を迫られている宗教的な保守勢力は、不満を募らせることになるだろう。

(研究員 村上 拓哉)

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