中東かわら版

№111 「イスラーム国」の生態:イラクやシリアからの帰還者の脅威

 イラク、シリアにおいて「イスラーム国」の敗亡が時間の問題となる中、諸当事者の関心は戦地での拠点の制圧や戦闘員の討伐以外の問題へと移っている。それは、戦闘員をはじめとする同派に合流した外国人の末路や処遇、そして「イスラーム国」からの「帰還者」が帰還先となる送出し国に与える脅威という問題である。これについて、アメリカのThe Soufan CenterとThe GlobalStrategy Networkが報告書を発表した。報告書の執筆者らは、2014年、2015年に「イスラーム国」に合流した外国人について広く参照される報告書を発表した人々である。報告書の概要は以下の通り。

l  33カ国に少なくとも5600人が「イスラーム国」から帰還した。また、その他の諸国に帰還した者の数は不明である。

l  「イスラーム国」が占拠した地域の奪回が進み、各国による潜入阻止策が講じられたため、2015年以来同派への戦闘員の流入はほぼ止まった。その一方で、同時期から「イスラーム国」に合流しようとする女性や子供、そして「イスラーム国」で出生した子供の数が増加していた。

l  「イスラーム国」の教唆を受けたり、同派を模倣したりした襲撃事件が増加しているが、帰還した外国人戦闘員は今のところ顕著な脅威とはなっていない。その一方で、帰還した理由の如何を問わず、すべての帰還者は今後も一定の程度で脅威となり続けるだろう。

l  「イスラーム国」が占拠する領域を喪失しているとはいえ、同派の成長を促した諸条件が残存する限り、「イスラーム国」や類似の集団が生き残るのは確実である。

 

参考図:「イスラーム国」による児童虐待

 

評価

  報告書によると、これまで「イスラーム国」に人員を送出した諸国の上位の国・地域は、ロシア(3417人)、サウジアラビア(3244人)、ヨルダン(3000人)、チュニジア(2926人)、フランス(1910人)である。ちなみに、EU全域からは約5000人が送り出されており、これは「イスラーム国」の末端の戦闘員として使い捨てにされることが多い中央アジア諸国出身者と同水準の多さである。また2015年末の推計と比べて各国の順位が若干変動したが、大口の送出し国がどこであるのかという面からは変化がない。

 帰還者の中には「イスラーム国」の実態に嫌気がさして逃亡した者も含まれるため、帰還者のすべてが現在・将来に「イスラーム国」のために活動する者とは限らない。その一方で、帰還した先の当局にとっては、これらの帰還者の所在確認や追跡、社会への再統合などが課題となるだろう。特に、親が「イスラーム国」に合流した後に生まれた子供は「イスラーム国」以外の社会と接した経験がないため、彼らをどのように養育するかは難題だろう。

 しかし、ここで確認しておくべきことは、現在問題になっているのが「帰還者」である以上、これらの人々はもともと帰還した先の国・社会にいた者であり、そこで「イスラーム国」による選抜・勧誘・教化を受けた上で送り出された者である。つまり、「送り出し」がなければ「帰還」もあり得ず、この点において2015年まで「イスラーム国」への人員送r出しや人員の移動を阻止する有効な対策を取らなかった諸国は、今後そのツケを払い続けなくてはならないということになる。報告書にある「イスラーム国」の成長を促した諸条件とは、イラクやシリアをはじめとする「イスラーム国」の活動地域にだけ存在するのではなく、「イスラーム国」のための資源の調達地、経由地となった諸国にも多数存在するのである。この点を認識しない限り、送出し国は「帰還者」の脅威という問題から逃れられないだろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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